十勝の鹿追町 聖書と人生のいろいろ

日本のキリスト教会を待ち受ける、ごく近い将来の危機 日本基督教団2030年問題から 

2020/03/25
 
この記事を書いている人 - WRITER -
2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 

1. 日本基督教団2030年問題

日本におけるプロテスタントの最大会派として、2千あまりの教会を擁する日本基督教団に、間近に迫る危機があります。

現状のままで教勢が推移するなら、2030年には、教会員の2/3が、75歳以上となるということです。

「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」という健康寿命が、男性72.24歳、女性74.79歳です。2/3以上が、健康寿命を超えるという状況が来るのです。

現に、役員の平均年齢が70代、80代という教会も少なくありません。

クリスチャンに元気で長生きな人が多いとは言え、劇的な信徒数の増加という奇跡でも起こらない限り、この流れは変わりようがありません。

 

2. 統計から、十数年後に容易に予想されること

2030年問題の影響は、都市部の大教会ほど深刻です。

日本基督教団では、定期的に礼拝出席と献金がある実質的な教会員を、「現住賠餐会員」と呼んでいますが、この「現住賠餐会員」が、100人から30人になれば、会堂や教会活動の維持すら困難になります。

会堂を売って移転縮小するような事例も増えるでしょうが、現在、最後の一灯を灯すかのように会堂建築に精力を傾ける教会はどうなるのでしょうか?

多額の借金を抱え、売るにも売れず、行き詰まり、破産する教会も多く出てくるのではないかと懸念します。

都市部の教会が経済的に多くを負担して地方の小教会を支えてきた、互助制度も崩壊するでしょう。独自の年金制度等も然りです。これは日本基督教団自体の崩壊の危機です。

 

回帰不能点はとうに超えてしまったのではないでしょうか…。日本基督教団という大船は着実に沈みつつあり、今となっては、これを止めるのは極めて困難だと思えてなりません。

現実的な選択は、余力のあるうちに縮小や合併を行い、十数年後に備えることです。船が沈没し始めているのなら、もはや、救命ボートを用意するしか手立てはありません。

しかし、対応できる教会がどれだけあるでしょうか…。多くの教会は、無策のまま時に至りそうな気配を感じます。

代表的な例として日本基督教団を取り上げましたが、伝統的な多くの教団・教派も、同様の状況に陥っています。特に地方で、その傾向は顕著です。教職者が複数の教会を兼務するのは当たり前ですし、閉鎖される教会も続々と現れています。

 

3. これからの希望

現実的に状況を見据えれば、悲劇的な要素しか見当たりません。

しかし、信仰的に見れば、これは大きなチャンスです。立派な会堂がなくなり、偉い牧師先生がいなくなったから、信仰がなくなるわけではありません。

ただ、不動産と、目に見える制度や組織がなくなるというだけのことに過ぎません。

私たちが、信仰の本質に否応なしに立ち帰らざるを得なくなるという意味では、むしろ好機と言えます。

 

私自身は、小さな町で、新規の教会開拓を始めて3年が過ぎました。経済的な後ろ盾もなく、自給伝道を基本に始めた歩みでした。

日曜日の礼拝には10名前後が集っています。この間、3名の受洗者が与えられました。

他に様々な事情で、教会に集えない方のための家庭礼拝が二つ。公的な施設を会場にした、バイブルスタディを二カ所で持っています。

あわせた参加者を数えると、いつのまにか20名を超えていて、驚きました。

とても地味な歩みですが、地方の小教会ばかりで牧師を務めてきた身からすれば、小さな奇跡だと実感させられています。

 

画期的な成長プログラムを取り入れた訳でもなく、華やかな賛美もなく。

やってきたことと言えば、ひたすら聖書を説き明かす、だけ。

聖書は、すべて、神の霊感によって保証された、神の言葉である。という確信に立って、聖書の文脈に従い、聖書から聖書を説き明かしてきました。

ただ、それだけですが、必要を満たされて、今を支えられています。

ノンクリスチャンの方も、何名か来られていて、関心をもって、聖書に耳を傾けておられます。

 

聖書そのものに、力がある。聖書を神の言葉と信頼して、聖書全体を解き明かしていく時に、神様ご自身が、必要を満たし、道を拓いてくださる。

聖書の御言葉が、一人一人の成長を促し、小さな地域教会を導いてくださっている。

神の約束の確かさを、日々、身をもって実感させられています。

マタイ福音書 6:33 「 何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。」

 

4.聖書フォーラムの使命

既存の教会制度が崩壊していく中で、間違いなく主流になっていくのは、一人一人の信者の自発的な働きによる、ホームチャーチや小グループです。

ネット環境さえあれば、いくらでも聴けるメッセージがあります。何十人、何百人も集めようとしなければ、個人宅で十分です。

一つの教会で、一人の専任の牧師を置くというこれまでのあり方をやめて、自給伝道を中心にしていくならば、経済的な負担も、比較にならないほどに軽減されます。

 

ただ、どんなに小さな群れにも、問題は生じるものですし、孤立していれば、教理的な逸脱も簡単に起こります。

互いに支え合い、励まし合い、学びあえる、顔と顔の見えるネットワークの存在は欠かせません。

また、各グループのリーダーを励まし、導く、巡回牧会者のような役回りも必要とされます。

 

牧師自体の減少も同時に進行していますから、現在いる専任の牧師は、複数の教会を巡回する役割を担っていくことで、生活を維持していく道はあるでしょう。

一方で、信徒は専任の牧師や教職者に頼らない有りようを具体的に模索していく必要があると思います。

信徒にも、牧師同様の教理的な体系だった学びが求められてくるでしょう。

その歩みをすでに始めているのが聖書フォーラムだと実感しています。日本の霊的覚醒の一つの道は、着実に、ここから始まると、わたしは確信しています。

 

追記:新型コロナウイルスの感染拡大のただ中で 2020/3/25

新型コロナウイルスの、パンデミックと呼ばれる、世界的な感染拡大が続いています。

ウイルスは、クリスチャンにも、ノンクリスチャンにも、教会にも、分け隔てなく蔓延しつつあります。

現に、シンガポールや韓国において、複数の教会で集団感染が発生しています。

 

このような中で、礼拝を休止する教会が相次いでいます。

ライブ配信に切り替える教会も多いようです。私たちの鹿追教会も、この一ヶ月ほど、ライブ配信のみで礼拝を捧げています。

教会のありようが、根本から問われているのを感じます。

大会堂に大勢が集っての礼拝、大規模な伝道集会、伝道チームの海外派遣…。

これまで大きな成果をおさめてきた、従来の伝道方法や、教会形成が、不可能になってきています。

 

一方で、ネットでの動画メッセージ、ライブ配信の視聴が急増しています。

鹿追教会でも、20件前後の視聴と、細々と続けてきたライブ配信が、50件前後にまで増えました。

会堂にいるのは、家族だけですが、カメラの向こうで共に礼拝を捧げられているたくさんの方がおられる。

その事実に、励まされています。

 

同時に、発信するメッセージの中身を、これまで以上に問われています。

ライブ配信や、ビデオ通話など、どんなに、ネットが便利になったとしても、顔と顔を合わせた交わりに勝るものではありません。

伝えられる情報には、限りがあります。

ネットを通しても、変わらずに伝えられることは何か。

それは、正しい解釈に基づく、聖書の解き明かし。不変の真理だけです。

 

日本のメッセージ動画配信の草分けの一つであるメッセージステーション。そこでも、アクセスが増えていると聞きました。

先日、ライブ配信を開始されたところ、初回から400件以上のアクセスがあり、二日間の公開期間に、4000件以上の視聴があったそうです。

真理に基づく御言葉だからこそ、ハンディも乗り越えて、伝えられていくのだと、実感します。

この状況が、むしろ、追い風になっている。不思議なことです。

 

礼拝に通えなくなり、ライブ配信を活用し始めたところ、ノンクリスチャンの夫も一緒に見るようになった、なんて報告も聞きました。

すべてのことは、全知全能の主の御手の中にあります。

何が起ころうと、私たちのなすべきことは、変わりません。

ただ、福音を宣言し、御言葉を解き明かしていくだけ。

そこに立ち続ける時に、あらゆることを益として、主が共に働いてくださる。ただ、神の約束だけが、着実に実現されていくのだと、身をもって味わわされています。

【参考資料】
日本基督教団 伝道推進室報 p7 日本基督教団2030年問題と年齢構成から何を読み取るか?

この記事を書いている人 - WRITER -
2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 

Comment

  1. 近藤好彦 より:

    ご提言の通りだと思います。
    ハーベストフォーラム運動は教会難民や異端的キリスト教信者の為だけでなく、地域教会の直面している大きな問題解決に有効だと思います。母教会の友人達は非常に保守的です。自らの有り様を変えようとしない。祈っています。
    地域教会に集い呉BFにも集うメンバーにシェアしました。

    • sikaoichurch より:

      コメント、シェア、ありがとうございます。否応なしに、その時はやってくると痛感しています。地方ではすでに、無牧師だったり、教会の閉鎖等で、行き場をなくした人々が現れていますし、ネットを通したメッセージ配信は、様々なところで生かされていますよね。
      ただやはり、顔と顔の見える、キリストのからだとして交わりがなかったら、信仰生活は成り立ちません。聖書フォーラムの働きは、地域教会を失い、行き場をなくしたクリスチャンの、セーフティネットとしての役割を、これかれますます求められていくものと感じています。
      フォーラム間の、また、同じ使命を担った教会との、ネットワーク作りが急務ですね。

  2.  全く同感です。

     私の属する日本バプテスト連盟も似たような状況にあります。
     「2030年」というと約12年後なのでまだピンと来ないかもしれませんが、私は、2030年よりももっと前に教会が消失していくと予想しています。

     危機を回避するために、教職者が複数の教会を兼任する「兼牧」や教会の「合併」も必要となってくるでしょう。また、牧師が教会外の仕事をしながら収入を得る「兼職」も奨励されるべきだと思います。また、言葉の問題があるかもしれませんが、日本在住や旅行者などの外国人向けの礼拝を積極的に行うなど、従来の枠組みに縛られない発想の転換が求められていると思います。

     私が牧会している教会も(人間的に見れば)小さな教会かもしれませんが、外国人向けの礼拝(現在は英語のみ)を行ったり、牧師は兼職しながら、楽しく主に仕えています。

     また、福岡という地の利を活かして、今後は、アジアの教会との姉妹教会関係構築(提携)など試験的に取り組んでいます。

     最大の危機は、危機を危機と認識せず、手をこまねいて何もしないことではないでしょうか。

    • sikaoichurch より:

      コメント、ありがとうございます。
      危機感を共有されている方の存在は、何より励ましになります。

      ホームページも閲覧させていただきました。行ってみたいな、と感じる素敵なサイトです。
      英語礼拝も行われているのですね。西に向かって開かれた国際都市、福岡ならではの宣教ですね。
      兼職は、仕事を通しての人間関係も与えられて、伝道にも生かされますよね。

      わたしは、単立の開拓教会として、生計は、近隣のリゾートでの結婚式で立てている部分が大きいです。
      結婚式自体がどんどん減少する中、そのリゾートでは式が増えていて、感謝なことです。
      福音を伝える絶好の機会を、収入を得る仕事として与えられていることは、本当に幸いです。

      アジアの教会との姉妹教会関係、とても魅力的です。
      アジア各国で、生き生きと活動している教会がたくさんあるわけですから、キリストのからだとして、そのつながりを生かさない手はありませんよね。

      危機を危機として認識していない。わたしも、そのことの深刻さを痛感させられます。
      取り組みをはじめているところと、無策のところと、くっきり明暗が分かれてくるのでしょうね…。

  3. 無花果 より:

    僭越ながら、非クリスチャンからの素朴な視点として、
    私はこのような危機感に、逆に違和感を感じます。
    明日のことを思い煩うなと聖書にあるのは、
    まさにイエス・キリストの御言葉ではないでしょうか。

    人はパンのみで生きるにあらずと思い、福音を求めて教会の門を叩いたら、
    そこにいるのは家計簿片手に、
    「現住賠餐会員」が老いていく現実に頭を悩ませている牧師先生の姿だとしたら、
    そこのどこに救いがあるのでしょう。

    そんな教会がなくなってしまったとしても、いったい誰が困るのでしょう?
    我々でしょうか。クリスチャンでしょうか?それとも、牧師先生でしょうか?

    気楽な部外者の素人が、
    何を突拍子もないことを言っているのだ、と思われるかもしれません。

    しかしながら、キリスト者とは、
    神様の御言葉を頂いて生きる人々だと勝手に思ってきた私にとって、
    神様の御言葉を切り売りして、
    パン代を稼ぐような教会の現実に愕然とします。

    クリスチャンになりたくて、
    キリスト教系のブログを読み歩いておりましたが、
    この記事は非常に率直で、かつ正直な内容で、とても勉強になりました。
    結論から言うと、洗礼を受けなくて良かったというのが正直なところです。

    それでも私は、イエス・キリストこそが、
    我々の救い主であり、真の神様だと思っています。
    私は神学もまともに知らないバカですが、なぜか、そう思えて仕方がないのです。

    どうかこれから、沈み行く船(御心ならば、いずれ沈んでいくでしょう)ではなく、
    真のノアの箱舟として、キリストを信じる人々が集える場が、
    日々増えていくことを、願っています。

    ご無礼な物言い、大変失礼致しました。

    • sikaoichurch より:

      コメントありがとうございます。

      いささかセンセーショナルなタイトルだったかな、と自省しています。
      この記事では、警鐘を鳴らすという意味で、日本キリスト教団に代表される日本の教会の危機的状況を強調しています。

      おっしゃるように、牧師が、教会という組織や生計の維持のことしか考えていない状況があるとしたら、それは、キリストの教会の本来の姿ではないと思いますし、そのような教会が潰れていくのは、神の摂理に他ならないとわたしも思います。

      今の教会の危機的状況は、神様から見ればチャンスでしょう。

      今後、厳しい状況で残っていく教会は、心から主に仕える、本物の教会だけだと思います。

      無花果さんのように、真剣に求めておられる方にとってみれば、本物の教会を探しやすい状況が作られていくことになります。

      教会とは、「呼び出された人々」という意味です。建物や制度が、教会ではありません。
      福音を信じ、主イエスを信じる人々が教会です。それは、たった一つのキリストの体なる教会。普遍的教会です。

      普遍的教会は、本物の信者だけでなります。一方、個々にある教会(地域教会と言います)には、信じている人と、そうではない人が混在するのです。

      無花果さんは、「イエス・キリストこそが、我々の救い主であり、真の神様だと思っています」とおっしゃっていますね。

      無花果さんは、「イエス・キリストが、わたしの罪のために十字架にかけられ、死んで葬られ、三日目に復活され、今も生きて天におられ、わたしのためにとりなしてくださっている」と信じますか?

      この福音を信じられたのなら、無花果さんは、その瞬間に救われ、普遍的教会の、キリストの体の一部とされています。無花果さんが、教会になるということです。

      キリストの体の一部とされた、その喜びを分かちあい、信じた後にも経験させられる試練の中で励まし合っていくために、私たちは集うのです。

      礼拝を献げるのも、福音宣教のためにと献金をするのも、ただ、救われた喜びゆえ、です。
      熱心に礼拝したから、たくさん献金をしたから、救われるわけではありません。救いはただ、信仰と恵みによります。

      シンプルに真理を求めたいと願っておられるなら、ぜひ、私たちのグループをのぞいてみてください。
      近くにあれば、顔を出されるのもオススメです。

      【メッセージステーション】 
      …わたしの学んだ、中川氏が主催されています。体系だった良質なメッセージを聴くことができます。
      https://subsplash.com/messagestation/

      【聖書フォーラム】
      私たちもつながっている、自立と共生をモットーとした、ゆるやかなネットワークです。
      宣教団体であるハーベストタイムミニストリーズが主催する聖書塾で学んだ人々が、自発的に始めた聖書の学びのグループです。
      経済的にも精神的にも、個々のフォーラムが自立した上で、協力し助け合っています。リーダーは自給伝道が基本です。
      http://seishoforum.net/

  4. 熊谷 葉子 より:

    聖書をとても時間がかかってしまいましたが読み、感動し、読み終わる前にプロテスタント教会へ通って見たけれど一人で聖書を読みネットで検索しながら読んだ時より感動もなく、クリスチャンになるために
    一人牧師との勉強を始めましたが、私にはあまり時間を取れる時間がなく時間をかけて欲しいと願いましたが聞き入れてもらえず、その教会を辞めました。それでも聖書、祈りは続き、10年近くなりました。
    キリスト教のあり方を模索しているところに、ここが目に止まりました。
    聖書との出会いは’’気づき’’を与えてもらいました。悪意あることが多い世の中で生きる上で今日も元気で迎えられた。祈り続けているうちに、良き方向へ行っている自分に気づき、私は一人では無い、常に神の存在を、キリストを通して常に感じることが生きやすくなっていることに。これからどうすべきかちょっとほっとしています。ホームチャーチ。いいですね。

    • sikaoichurch より:

      コメント、ありがとうございました。
      安心して集い、学びを深め、よい関係性を築いていける、そんな地域教会に出会えたらいいですね。お祈りします。

      近くに、聖書フォーラムがあれば、ぜひ一度顔を出してみてください。https://seishoforum.net/

  5. 豊田滋 より:

    牧師と言う言葉は聖書にはありません。
    無牧師の教会で役員。人は増えています。弾けない歌えない話せない牧師に必要性を感じません。弾ける歌える話せる信徒で充分だと思います。2030年問題も克服出来ると思います。宣教師から牧師から信徒の教会に進歩しています。

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