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聖徒伝61 ヨシュア➌7~9章 過ちと悔い改めと アカンの罪・アイの攻略

 
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2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 執筆者は、牧師:三浦亮平です。


【メッセージアウトラインPDF・資料はこちら➡】61_ヨシュア記③7~9章_201129

1. アカンの罪 7章

神の裁きの器として用いられるイスラエルには、主に完全に従い通すことが求められます。

しかし、エリコの戦いで、アカンは、主に背き、戦利品を自分のものとしていました。

アイとの戦いで、手痛い敗北を喫した民に、この事実が知らされます。

 

アカンと家族は、石打ちで死刑となりました。

ヨルダン川を渡り、エリコの城壁が崩れ去った、あれほどの主の御業を目の当たりにしながら、主に従わなかった。

アカンの罪がいかに重いものだったかを思い知らされます。

 

聖絶の戦いを汚した者は、神に聖絶される。

神の裁きの器として用いられるということは、これほどまでに厳しいものなのです。

カナン征服の戦いは、自らの正当化のために、安易に適応できるようなことではありません。

 

2.  アイ攻略 8章

ヨシュアは、再び主に奮い立たせられ、アイとの再戦に臨みます。これは、伏兵を用いた戦略的戦いでした。

主は多彩な命令を下し、民の忠実さを図られます。その都度、主の命令に従っているのか、問われ続けるのです。

 

ヨシュア自ら囮の部隊を率い、もぬけの殻となったアイの町に、伏兵が攻め上りました。

戦いの間、モーセは主に従い、槍を掲げ続けていました。

かつて、アマレクの戦いで、手を挙げ続けたモーセの姿にも重なります。

 

ヨシュアとイスラエルは、完全に主に従い、圧倒的な勝利を得ました。

主にとっては、イスラエルの信仰を勝ち取られた戦いであったと言えるでしょう。

背きによる霊的危機から、イスラエルは無事贖い出されたのです。

イスラエルは、すべての栄光を主に帰し、主の命令に従って、律法を刻んだ石を立てたのでした。

 

3.  ギブオンの策略 9章

ギブオンの住民は、遠方から来たと偽り、イスラエルと盟約を結びました。

主の指示を求めなかったのが、イスラエルの過ちの原因でした。

神の名で結んだ盟約を破棄できず、ギブオンは、イスラエルの奴隷となって生き延びることとなります。

ギブオンには最低限、主への恐れがあったとも言えます。

主を恐れることが知恵の始まり、救いの入り口です。

 

主を恐れ、御前にひれ伏そう

エリコとアイで、主が命じられた戦い方は、それぞれ全く違っていました。

霊的戦いにハウツーはありません。その都度、主に聞き従うことが求められます。

 

理不尽に思える苦難の中で、なぜと問う私たち。しかし、神がなされることを、人が理解しきれるでしょうか。

聖書の神は、果てしない憐れみと厳正さを併せ持った方です。

主がなされることならば、ひれ伏し、受け取る以外にありません。それが恵みです。

 

すべての時、あらゆる判断において、主に聞き従っていくことが求められます。

繰り返す失敗と悔い改め、度重なる困難の中で、ヨシュアは、神のきよさ、神の愛の深さ、広さを思い知らされていったことでしょう。

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