十勝の鹿追町 聖書と人生のいろいろ

mRNAワクチンについて聖書から考える

2022/01/06
 
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2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 執筆者は、牧師:三浦亮平です。

1. クリスチャンもワクチン陰謀論に?

いわゆる陰謀論にはまる人が増えています。

きっかけの一つが、コロナウイルスのワクチンに関するデマのようです。

 

「ワクチンを接種することで遺伝子情報が書き換えられ、5年以内に死にいたる。

チップが埋め込まれて体内情報が抜き取られ管理される…。」

その証拠に、「副反応で亡くなってる、ワクチンに金属片が混じってた。ワクチンを巡るきな臭い話がいっぱいあるじゃないか」と煽られるわけです。

事実を元にしているだけに、妙な説得力を持つのでしょう。

 

コロナ禍で世界経済が停滞しているところに、世界的なワクチン接種という新たな市場が生まれたわけですから、ワクチンの利得、利権をめぐるしのぎあいは、それは激しいものだろうな、と想像します。

クリスチャンでも、こんなデマに散々振り回されて、すっかり陰謀論に呑み込まれてしまっている人も、どうも少なくないようです。

 

2. mRNAワクチンとは?

人の遺伝子情報が記されたDNAは、がっちり守られているので、外部から改変できるものではありません。

一方のRNAという情報は、簡単に改変が起こってしまいます。

ウイルスは、このRNAの特性を逆手にとって、常に変化し続けることで、免疫をかいくぐって増殖するわけです。

ウイルスは、単体では、この改変しやすいRNAという情報しか持っていませんから、人の細胞に取りつき、その増殖機能を拝借して、自分自身のRNAのコピーを作ってばらまくのです。

 

mRNAワクチンは、コロナワクチンが細胞にとりつくトゲトゲの部分の情報だけを合成して、体内に入れるものです。

人の免疫機能が、トゲトゲの情報から抗体を作り出せば、コロナウイルスが体内に入ってきても、細胞にとりつけないことになります。

 

これまでのワクチンは、不活性化したウイルスを注射するのが主流でした。

死んでいるとは言ってもウイルスの成分を注射するわけですから、思わぬ副反応が出たりすることもあったのです。

その点、mRNAワクチンは、ウイルスの一部分の情報を入れるだけで、ウイルスの成分は入れません。

副反応も、これまでのワクチンに比べれば、非常に少ないとされています。

ただ、情報であるRNAそのものを体内に入れることはできませんから、包むものや注射の液体などの添加物が必要です。

副反応の多くは、ワクチンの容れ物や媒体に対して起こるもののようです。

 

かつて、ワクチン接種の副反応で、特に子どもたちに重大な障害が出たことがありました。

過去の状況をよく知る知人の医師は、mRNAワクチンに当初懐疑的でしたが、施設の責任を負い、ワクチンを推奨すべき立場ゆえ、まず自分から受けられたそうです。

自分自身の体験、摂取した何千人の人々の経緯を観察した結果、問題も少なく、非常に優れたワクチンだというのが、その医師の現在の評価です。

 

もちろん、ワクチンが及ぼす長期的な影響など今の段階ではわかりません。ワクチンの影響が懸念されながら、因果関係が明らかになっていないケースも挙げられているようです。

不確実な中で、選択するしかない。それが私たちの置かれている現実です。

 

3. 進化論的思考の罠

少なくない人が、mRNAワクチンと聞いて、遺伝子情報が書き換えられてしまうのでは、などと、得体の知れない不安を抱いてしまうようです。

こうした不安の背景には、世の中に広く行き渡った、「進化論」という仮説の影響が強くあると思います。

“生物は常に変化し、進化している”という進化論が前提とするのは、極めて不安定で変化しやすい生物の姿です。

なら、mRNAワクチンなんて取り込んだ日には、自分の細胞にツノツノが生えて、人間じゃなくなってしまうんじゃないか、と想像してしまうわけです。無理からぬことだと思います。

 

4. 聖書的に考えてみよう

聖書的に考えると安心できます。

なぜなら、神は、すべての生き物を「種類に従って」創造されたからです。

一つの種は、その種という枠を出ることはできません。

被造物に、神が定められた創造の秩序から出ることなどできないのです。

漫画家が紙に書いたキャラクターが、紙を飛び出て現実世界に出てくることなどできません。それと同じ事です。

 

人間は、何千年も昔から、犬や牛、麦や米といった品種改良を繰り返してきました。

しかし、犬から犬でない新たな種が誕生したことなどありません。

小さなチワワも、大きなセントバーナードも、犬という一つの種です。

遺伝子組み換え作物も同様です。遺伝子をどう組み替えても、トウモロコシからはトウモロコシしかできません。

一つの種が持っている多様性は、あくまでも、種という限られた範囲の中でのみ、発揮することが可能なのです。

人間にできるのは、神が決められた枠内で、生存に関係のないところをちょっといじるくらいのことなのです。

 

5. 人間にできること

聖書の視点に立てば、ワクチンへの不安もずいぶん和らげられます。

人間に人間という種を別な生物に変えることなどできない。それが大原則です。

ワクチンがやっていることは、もともと人間に備わっている免疫という機能をちょっと刺激して、より的確に働きやすいように刺激するという、それぐらいのことにすぎません。

どれほど人間の科学技術が発達しようとも、被造物である人間に、種の壁を越えることなど不可能なのです。

 

ワクチンを受けるか受けないかは、適用の問題であって、個々人が判断すべきことです。

世の問題についての判断にベストはありません。

いずれにせよ、リスクがあるわけですから、それぞれの状況の中で、どちらがよりよい、ベターな選択か。

自分にとっては、受けるのと受けないのとどちらがマシか、という判断しかないのです。

一つだけ言えるとすれば、受けるにせよ、受けないにせよ。私たちが信頼すべきは主イエス・キリスト、この方だけだということです。

 

創造主なる神は、全知全能。時をも支配される方です。

主が定められた救いの方法は、キリストの十字架の贖いの死と復活の福音を信じるだけです。

すべてのことは神の許しの範囲で起こっています。コロナ禍もワクチンも同様です。

求められているのは、ただ主に信頼すること。

目の前のことに心捕らわれず、神の永遠のご計画をこそ、この身に刻みつけていきたいと願います。

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