聖徒伝56 申命記31~32章 「天よ、耳を傾けよ」 モーセの歌
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1. モーセの遺言 31章
先立って行かれるのは、主ご自身。共におられる主が、約束の保証。モーセからヨシュアへの励ましの根拠です。
ヨシュアへの任命は、神からの個人的呼びかけとしてなされました。第一に問われるのは、主と私の関係です。
レビ人、長老には、律法を教えることが指導者の使命として命じられました。
栄光の臨在のただ中で行われたヨシュアの任命に際し、神は、イスラエルの将来の背きをまず告げています。
背きの結果、神殿から神の栄光は去ることになるのです。
神から厳しい警告を聞かされて、ヨシュアは、モーセの担っていた重責を思い知らされたことでしょう。
イスラエルが不信仰に陥ることを知らされた上で、ヨシュアは指導者として立てられていくのです。
そして目の前に立ち塞がるのは強大な敵。「強くあれ。雄々しくあれ」と、恐れおののくヨシュアを、主は何度も励まされました。
モーセ最大の功績は、律法を記したことです。
律法の書を託されたレビ人は、しかし、神に逆らっていくのです。律法が常に突きつけるのは、私たち人間の罪の闇の深さにほかなりません。
天地を証人に、モーセは神の戒めを告げました。知らなかったとは、イスラエルの誰も言い逃れできません。
2. モーセの歌 32章
神からの戒めであるモーセの歌も、主への賛美から始まっています。被造物の存在目的は、主を讃えることです。
御名を告げ知らせることこそ、栄光を神に帰すことにほかなりません。伝道の意識が、信者の成長の推進力です。
イスラエルが地を裁く神の基準です。イスラエルを見れば、人類の霊的状況も分かるのです。
誰からも見捨てられた寄留者イスラエルを、神が拾い上げ、育み、最上の祝福で満たされました。
にも関わらず背いたイスラエルには、厳しい神の裁きが待ち受けています。
イスラエルを通して突きつけられる人の深い罪。今を支えられる理由は、私たち人間の側にはないと教えられます。
それでも主は、ご自身の民を憐れまれます。民を苦しめる敵は、最終的に再臨の主によって滅ぼされるのです。
モーセの歌は律法の戒めの要約です。律法こそイスラエルの命。イスラエルを守り育む神の恵みそのものです。
3. イスラエルに重ねて受け取る恵み
主の約束は、必ず成し遂げられ、モーセが約束の地に入るときは必ず来ます。
死にゆくモーセには、主は、ご自身の永遠の契約の確かさをを覚えさせました。
人類の代表であるイスラエルの姿は、罪人である私たちの姿そのもの。イスラエルの罪は、私たちも犯してきた罪です。
認罪は、救いの入り口であり、信仰の成長を促し続けるものです。
イスラエルの罪と痛みを、自分自身のものとして噛みしめられたなら、イスラエルに約束された、主の憐れみと慈しみをも、自分自身のものとして味わい知ることができるでしょう。
主は言われます。「強くあれ、雄々しくあれ、わたしはあなたを見捨てない。」