十勝の鹿追町 聖書と人生のいろいろ

どこに立つべき? 千年王国の理解の違いから来る、クリスチャンの世界との関わり方の違い

2017/12/22
 
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2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 執筆者は、牧師:三浦亮平です。

0. 千年王国は、本来は、聖書的、ユダヤ的希望でした。

人の罪によって壊れた世界が、いつか再びエデンの園の状態に回復する。その世界を「千年王国」あるいは、「メシア的王国」といいます。

千年王国について、どう考えるかで、クリスチャンの世界との関わり方が決まってきます。

聖書と、様々な書物、歴史家が明らかにしているのは、初代教会の信者は、メシアの再臨後に、千年王国がやってくると信じ、その日を待ち望んでいたということです。

1. 千年王国はない、という立場。

ところが、千年王国はないとする立場が、2世紀の東方教会で生まれ、4世紀には西方教会でも主流となっていきました。

キリスト教は、ローマ帝国の国教となり、さらには帝国以上の力を持つに至りました。今がまさに、千年王国ではないかと考えられたのです。

聖書に記された千年王国は、世界を支配する教会の姿を比喩的に現したものにすぎない、と言われるようになったのです。

霊を善、物質を悪とするギリシャ哲学の影響も大でした。ギリシャ哲学からすると、物質世界の回復した姿である千年王国が、どうして楽園なのかといういうわけです。それは到底、受け入れがたいものでした。

もう一つ、背景にあるのは、異邦人信者が教会の主流となり、メシアニック・ジュー(ユダヤ人クリスチャン)が、隅に追いやられていったことです。

「キリスト殺しのユダヤ人」への差別意識が強まると、従来の、文字通りの神の王国の実現としての千年王国は、ユダヤ的であったがために、脇へ退けられていったのです。

千年王国などない、という、無千年王国説は、中世に、ローマ・カトリック教会によって推進され、宗教改革後の、ルーテル派、改革派、聖公会でも継承されていきました。

無千年王国説に立てば、教会の目的は、この世において、絶対的な力を持ち、世界への支配権を拡大することだということになります。

2. 千年王国後再臨説の立場

近代科学の発展と共に出て来たのが、千年王国が実現した後にメシアが再臨される、という千年王国後再臨説です。

この世は、どんどん良くなって、理想世界である千年王国は、この世に文字通り誕生する。それから、キリストが再臨されるという説です。

世界は理想世界に向かっていくという、楽観的な希望のある時代が背景にありました。

千年王国後再臨説は、産業革命後、さらに強力に支持され、教会の主流となっていきました。

 

保守的な立場のクリスチャンは、宣教により、最終的には全世界がキリスト教化されると考えました。

キリスト教国が拡大し、支配を広げていくことが強く訴えられ、多くの信者がそれを支持しました。

 

リベラルな自由主義的立場のクリスチャンは、人間は、完全な存在に近づいてくと考え、社会の変革によって、世界はやがて、理想世界になると訴えました。

教会の使命は、戦争や貧困、差別といった、社会的悪と戦って、理想世界を実現することとされたのです。

 

方向性は違えども、千年王国後再臨説の立場に立てば、人間的な努力によって、理想世界を作り上げていくべきだ、ということになります。

自分たちの努力によって、理想世界を実現しようとすれば、自ずと排他性も強まります。

保守派もリベラル派も、自らの正しさを訴えれば訴えるほど、それぞれに排他性を強め、対立の溝を深めていくばかりなのではないでしょうか。

3. 再びの、千年王国前再臨説

第一次世界大戦が勃発した当初は、これは最後の戦争であり、この後にこそ、理想世界が実現すると、多くのクリスチャンが主張しました。

しかし、理想世界の実現どころか、間もなくして、第二次世界大戦が勃発したのです。この戦争において、非武装の市民に対する爆撃や、ナチスのユダヤ人に対する大虐殺が引き起こされました。

その後も、世界のそこかしこで戦火が絶えることはなく、20世紀は戦争の世紀と言われたのです。

そして、21世紀、テロは蔓延し、大災害が頻発し、世界は混沌の度合いを深めるばかりです。人類の進化も、理想世界の実現も、ゆめまぼろしと消えつつあるかのようです。

この時代にあって、否応なく、教会は、千年王国について、元来の立場に引き戻されつつあります。千年王国前再臨説です。

すなわち、終末に向けて世界はどんどん悪くなり、ある時、携挙が起こって、教会(真の信者)が天に挙げられ、その後、7年間の最後の厄災である大患難時代がやってくる。最終戦争・ハルマゲドンの戦いに際して、ユダヤ人は民族的悔い改めに至り、キリストが再臨される。そして、地上から悪が一掃され、エデンの園が回復した状態である、千年王国が実現される。

世界の回復は、神ご自身がなされることですから、クリスチャンがなすべきことは、ただ、福音を伝えることだけだということになります。

信じることは、神の救いに対する自発的な応答です。当人が自分で決意して信じなければ、何の意味もないのですから、強制もマインドコントロールも無意味です。

神が、救われるべき人を必ず救ってくださると信頼し、聖書をよく理解し、理性的に解き明かし、福音を宣言していく。本当に喜んで行っているのか。信仰の原点に立てば、ことの本質だけが問われます。

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