世にあふれる陰謀論 信頼すべき真実とは?
1. アメリカで広がる陰謀論・Qアノン
Qアノン(Qanon)という新手の陰謀論についての記事を読みました(ニューヨークタイムズ)。
Qアノンは、「匿名Q」という意味。インターネットの匿名掲示板から広がったため、そう呼ばれているようです。
Qアノンの主張は、記事いわく、「悪魔を崇拝する小児性愛者の陰謀集団が世界を牛耳っており、売春目的で子供を売買しながら、トランプを陥れる策略を企てている」ということ。
トランプ大統領の支持層を中心に、キリスト教右派にも広がっているそうです。このあたり、NAR(新使徒的宗教改革)との関連も気になります。
様々な主義主張を背景にした陰謀論自体は、世界各国にあります。
オバマ大統領が就任した頃には、「宇宙の高度な知性体が地球の闇の勢力に対抗するために立てたのがオバマ大統領だ」という陰謀論を目にしました。
上記のニューヨークタイムズの記事では、トランプ大統領がQアノンに対して沈黙を保っていることを問題にしていました。
荒唐無稽な陰謀論でも、自分自身にとって利になるのなら放置し、消極的に利用する。
そのような施政者の態度もまた、国や政治的立場を問わず、共通しています。
2. 陰謀論は、なぜ人気?
「若くして自殺した某歌手は、闇の勢力にあらがって殺されたのだ。」
このような陰謀論を巧みに用いて、独自の終末観を作り上げ、人々を引き込んでいたのが、オウム真理教でした。
“この世では、誰も知らないところで善と悪の壮大な戦いが繰り広げられている。自分はその秘密を知っている。”
そういう認識がとても魅力的だ、というのは、よく分かります。
さらに、“自分たちは、人知れず闇の勢力と戦っている” となれば、他では得がたい、特別なやりがいすら得られることでしょう。
多くのカルト教団も、独自の陰謀論を背景に、善と悪との戦いに積極的に参加するよう、人々を引き入れ、促します。
イスラムの終末論を背景に、悪との戦いに参加するようネット上で呼びかけ、世界的な広がりを見せたのが、イスラム国(IS)でした。
ユダヤ人陰謀論を記した偽書の古典とも言える“シオン議定書”が、アラブ世界で久しくベストセラーになっていたと聞きます。
陰謀論には、人を惹きつけて止まない、大きな魅力があるのだと思います。
カルト化した教会が、悪魔・悪霊との戦いを強調するのも同様でしょう。
経済的、社会的な二極化が進む中で、これからも、様々な陰謀論が現れていくことだろうと思います。
【関連記事】Q:ユダヤ人は世界征服を企んでる? ~いわゆる陰謀論のホントのところ~
3. 陰謀論に乗せられないために
キリスト教右派に、Qアノンが広がっている、本当なら困ったことです。
NAR(新使徒的宗教改革)では、クリスチャンが「七つの山」と呼ばれる世の7つの分野で指導的立場に立ち、使徒と預言者が教会を一致させることで、キリストは再臨し、神の国・千年王国が実現されると説いています。
QアノンとNARに共通しているのは、人間的な努力で、理想世界である千年王国が実現されるとしていることです。
善と悪との戦いも強調されています。
この世では、善と悪の戦いが繰り広げられており、最終的に善が勝利する。そういう、神か悪か、という二元論的な価値観が、背後にあります。
しかし、聖書本来の世界観とは、善悪二元論ではありません。
善と悪との戦いは確かにありますが、悪すら、神の支配の内にあるからです。
悪魔も神の被造物の一つにすぎず、神の許された範囲を超えて悪をなすことはできません。
ヨブの信仰を試すために、悪魔が災いを下すことを認めたのは、神ご自身でした。(ヨブ記1,2章)
唯一の創造主である神が、すべてを完全に支配しておられる。
聖書の世界観は、“神しかない”という一元論に、はっきりと立っています。
悪魔に対する、唯一にして最大の勝利の方法は何か。
それは、神を信頼するということ。それだけです。
4. 教会の歴史における終末論
聖書本来の価値観は、“神しかない“という一元論です。
善と悪の対立という善悪二元論的世界観は、非聖書的なのです。
終末における大患難時代と、その最後に起きる最終戦争(いわゆるハルマゲドン)において、悪の軍勢を呼び出して世を裁くのも、悪を滅ぼすのもキリストです。黙示録に明記されています。
キリストが王として地上に戻った再臨後に千年王国が築かれるわけですが、この終末観においては、人間が介入する余地はまったくありません。
人間は、神の裁きの前に、ただ救いを求めるしかないという、ひたすら受け身の存在でしかないわけです。
人間は誰もヒーローにはなれないわけですから、このような終末観は、人気がありません。
ですから実際に、キリスト教界の歴史において圧倒的に支持されてきたのは、善と悪の対決という二元論的な終末観でした。
善と悪の戦いに、善の側に加わって戦ったものは、来たるべき千年王国に入ることができる、という終末観です。
これをねじ曲げて最大限に利用したのがナチス・ドイツです。
ナチス・ドイツは、世界征服を企む最大の敵がユダヤ人だと訴えました。
5.聖書的終末観に立ち続けよう
国々の権力も、世界の歴史も、この世の支配者である悪魔の運命すらも、すべては、神の御手の内にあります。
誰も、そこから逃れる術はありません。
ますます混沌としていく時代のただ中にあって、私たちの立つべき土台は、何も変わりません。
私の罪のために十字架にかけられ、死んで葬られ復活された主イエスは、天におられます。
栄光の主イエスは、来たるべき日に、王の王として再臨され、世を裁きます。
そして、天に挙げられたすべての信者を、回復された神の国に永遠に住まわせてくださるのです。
悪が支配する地上では、なぜ私が、という不条理に襲われることがあります。
求められるの態度はただ一つ。主に信頼することです。
“すべてのことは神から発し、神によってなり、神にいたるからです。ローマ11:36”
復讐は、神ご自身がなされること。史上最悪の理不尽を耐え忍んでくださった、主イエスの苦難と憐れみを覚えます。
ただ主に信頼し、淡々と使命に遣わされる者でありたいと切に願います。
Comment
ハーベストタイムをリンクしつつ、携挙について一切触れず、2030年の高齢化、教会の消失を心配される事に逆にびっくりしました。日基は戦中を通して様々な教派が無理栗一つになったので、一概に携挙を語れないのかも知れませんが、イスラエルが建国して70年いよいよ聖書の預言が成就しダニエルの70週も始まろうとする時、大事なのは携挙に備えた目を覚ました生き方では無いでしょうか?このようなメッセージでは、携挙に預かれず残されてしまう教会の方が高齢化より目前の問題です。日基としては、携挙をどのように捉えているのでしょうか?近場で教会を探す者として益々不安になりました。
コメントありがとうございます。代表の三浦です。
私は、以前勤めていた日基の教会を離れ、聖書塾で神学を学び、聖書フォーラムを始め、長老按手もいただた者です。
まだまだ学びの浅いところもあるかと思いますが、基本的な神学は、聖書フォーラム、ハーベストタイムミニストリーズと共通の土台の上にあります。
携挙について記した記事もありますので、検索いただいて、そちらもご覧いただければと思います。
イスラエル建国は、わたしも預言の成就と理解していますが、イスラエル建国70年が預言の成就とは、どこの聖書箇所からそう主張されているのでしょうか?
神学理解が異なるようですので、説明をいただけると助かります。
かつてないほど、携挙、大患難が迫っているのは確かだと思います。
携挙は、次の瞬間に来るかもしれませんし、100年先かもしれません。
人の時と神の時はまったく異なります。携挙は誰にも分かりませんが、いつでも備えていなさいという態度は、使徒の時代から変わっていません。
私自身、HPやYoutubeでメッセージなどを挙げているのは、携挙前(もしくは死の前)に、福音を信じて救われて欲しいということ、それが叶わなくとも、大患難時代に御国の福音を信じて救われて欲しいと切に願うからです。
大患難時代に人々が救われるために、できるだけ痕跡を残しておくことも、クリスチャンの重大な使命の一つだと意識しています。
携挙にあずかるために、何より重要なことは、福音を信じて救われることです。
私が経験してきた範囲の日基では、福音すら信じていない方々が少なくありませんでした。リベラル・自由主義神学の教会では、同様の状況があると思います。
ですから、まずは何より、福音をお伝えるすることを第一に意識しています。今の私は、外から訴える他ない身ですが。
ます福音を信じて救われること。
次の段階として、私たちの教会では、聖書全体を天地創造から新天新地まで、ひとかたまりで学ぶことを大切にしています。
聖書全体の世界観をつかみ、さらには終末論の学びが深まる中で、大瀬さんのおっしゃる「携挙に備えた目を覚ました生き方」につながっていくものと理解しています。
正しい福音信仰と終末論の理解のない方に、ただ、「携挙が来る来る」と大声をあげるだけでは、伝わるものも伝わらないだろうと思います。
HPの記事の中には、直接、終末論や福音を記しているものもあれば、現実的な課題を通して、救いにつながるようにと訴えかけているものもあります。
それぞれの記事の意図をくみ取っていただけるならば、幸いです。