十勝の鹿追町 聖書と人生のいろいろ

なぜ キリスト教国だったアメリカが、原爆を2発も落としたのか?

2023/07/05
 
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2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 執筆者は、牧師:三浦亮平です。

なぜ、キリスト教国だったアメリカが、原爆を2発も落としたのか?

 

一つの問いをいただいて

日本人ムスリムという方から、こんな問いかけをいただきました。

「キリスト教国であったアメリカが、どうして原爆を二発も落としたのか?」

私にとっては、二つの意味で、避けられないと感じました。

一つは、私自身が日本人のクリスチャンであること。
二つ目は、私の妻の父が、被爆者であること。ですから妻は被爆2世。娘、息子は被爆3世ということになります。

なぜ、キリスト教国であったアメリカが、原爆を2発も落としたのか。

まずは、近代の歴史的な文脈から考えます。
次に、聖書的歴史観という文脈から考えます。

私は、歴史家でも、社会学者や政治学者でもありませんから、あくまで信仰者としての思索になります。

 

1.近代・現代の歴史的な文脈から原爆投下を考える

⑴ 奴隷貿易の時代

背景を考える時に、まず奴隷貿易の時代にさかのぼる必要があります。なぜ、キリスト教国のアメリカが、原爆を投下したのか、という問いと同じくらい、なぜ、キリスト教国のアメリカが、奴隷制を行っていたのか、とも問われます。

後に賛美歌アメイジング・グレイスを作詞したイギリス人のジョン・ニュートンは、若い頃、奴隷貿易の船長をしていました。彼の自伝を読んでよく分かったのは、当時は世界的に、奴隷制は、当たり前にあったということです。

まず、アフリカで、奴隷の売買は一般的になされていました。部族間の抗争で捕虜となった者、差別されていた少数の部族、借金の破産者、犯罪者、貧しさで売られた子…、そういった人々が、奴隷として売買されていたのです。

そこに欧米人の商人がやってきて、酒や衣類などと引き換えに、大量の奴隷を手に入れて、当時、最大の需要があったアメリカ大陸へ連れて行った、ということです。

勝手に、銃で脅して連れ去ったというイメージを膨らませていたと痛感します。そんなケースは、この時代には希だったことを、ニュートンは記しています。

当時のアフリカには、独自の文明と社会制度を持った独立した国々がありました。たかだか一隻、二隻の商船に、武力で圧倒する力などありません。ニュートン自身、仲間の裏切りで、アフリカの黒人に奴隷とされていた時期がありました。

一方で、ニュートンは、もっとも過酷な状況に置かれた奴隷は、欧米人に売られた奴隷たちだっただろうということも赤裸々に記しています。

当時、奴隷制は、世界中で当たり前になされており、それが悪いという価値観はなかったのです。日本でも、開国以前には、貧しい農家の娘が、色街に売られるということは、当たり前になされていました。世界中で、奴隷は、もっとも儲かる有益なビジネスとされていました。多くの国々や地域で、今も形を変えて、人身売買は行われています。

イギリスで、奴隷制反対の声をあげたのが、下院議員だったウィルバーフォースです。彼は、聖書を字義通りに信じる福音主義者でした。奴隷制反対は、聖書に基づく信仰から出たものでした。ジョン・ニュートンは晩年、奴隷貿易の過酷な状況を議会で証言しています。1807年、ニュートンが亡くなった年に、奴隷貿易禁止法が制定されました。

世界中で当たり前だった奴隷制に、異議を唱えたのは、聖書を字義通りに信じる福音主義のクリスチャンたちでした。しかし、福音主義のクリスチャンが、社会に大きな影響を及ぼし得たのは、この頃までだったのだろうと、私は考えています。

 

⑵ 産業革命と世界大戦

18世紀から、イギリスでは産業革命が始まっていました。農業改革や、目覚ましい工業化により、巨大な資本と武力を手に入れた者たちが、直接的で、より過酷な植民地支配を進めていきます。

人々の世界観については、1859年にダーウィンが出版した「種の起源」に象徴される、科学万能主義、人間中心主義が、ヨーロッパを席巻していきました。

ニュートンは、自分自身が堕落していた時期に、聖書を信じないヒューマニストとの交流があったことを記しています。聖書を否定する人間中心の価値観が、すでに欧州に浸透し始めていたことがよく分かります。

キリスト教に基づく倫理感は、足もとから崩壊していきました。

その帰結が、世界大戦であったと私は理解しています。奴隷貿易が盛んに行われた重商主義の時代にも、大きな悪がありました。しかし、産業革命の進展の末に人類にもたらされたのは、かつてないほど破壊的な巨悪であった、ということです。

第一次世界大戦の死者数は、戦死者1600万人。第二次世界大戦に至っては、軍人の被害者だけで、2200万人、民間人の被害者は、3800~5500万に及びます。

ヒトラーが、都市へ最初の無差別爆撃を行ったのが、1937年のゲルニカ爆撃でした。日本は、中華民国の首都重慶に無差別爆撃を行っています(1941~1943)。アメリカは、東京大空襲をはじめ、空前の規模の無差別爆撃を日本に対して行いました(1943~1945)。

世界大戦の最大の惨劇の一つが、ユダヤ人の大量虐殺・ホロコーストです。600万人、当時の世界の三分の一のユダヤ人が虐殺されました。

ドイツ国内では、まるでホロコーストの前哨戦のように、障害者、重病人の虐殺が行われていました。組織的な虐殺が秘密裏に行われ、20万とも30万とも言われる人々が抹殺されています。

戦慄するのは、多くの医療関係者が、自発的に参加していたことです。真相究明も進まず、処罰された人々もほとんどいません。ナチスの責任者の多くが戦犯として裁かれたのと対照的です。

私は、カウンセリングを学んでいた時に、1900年代にヨーロッパで行われていた、ある実験のことを聞いて驚愕したことを、今でも忘れられません。

ある孤児院で、赤ん坊を二組に分け、一組の赤ん坊は、愛情をかけて世話をしたが、もう一組の赤ん坊には、物理的に必要なものだけを与えるようにした。結果、愛情をかけなかった赤ん坊の多くは、病死や、衰弱死したり、重大な精神疾患を抱えたりした。結論は、赤ん坊には、物理的な世話だけでなく、愛情が必要だ、というものでした。

絶句しました。赤ん坊には愛情が必要。そんな当たり前のことを証明するために、こんな非道な実験を考案し、実行してしまう。こんな時代だったからこそ、障害者やユダヤ人の大量虐殺も起こったのだと確信させられました。

同様の倫理的逸脱は、日本においても、731部隊の人体実験に見ることができます。

 

⑶ トリニティ実験

産業革命から、世界大戦へ。聖書の権威が失われ、崩壊の一途をたどっていった倫理観の上に、原爆投下があったのだと私は理解しています。

核分裂で膨大なエネルギーが生じることは、1938年に発見されており、1942年には、最初の原子炉実験がアメリカで行われています。同時に原子爆弾の開発も始まっています。

アメリカの他にも、ドイツ、フランスなど、第二次世界大戦前から、各国は、競うように原子爆弾の開発を始めていました。国家的プロジェクトにまでは至らなかったようですが、日本でも研究開発は行われています。

人類最初の核実験が1945年7月16日、アメリカのニューメキシコ州で行われました。
トリニティ実験と名づけられたものです。

そして、一ヶ月も経たない、8月6日に広島に、9日には長崎に、原爆が投下されました。

一連の流れから伺えるのは、原爆の開発は、投下がゴールだったということです。核実験の成功は過程でしかなく、実際に投下された時に、開発は完了した。

兵器開発は、実際に戦争で人に対して使われ、有効性を実証してはじめて、完了となる。突きつけられるのは、恐ろしいほどに冷酷な現実です。

なぜ、最初に投下されたのが、日本だったのか。広島、長崎だったのか。いろんな理由が様々な立場から挙げられていますが、大きな流れで言えば、タイミングだったのだろうと思います。

ドイツが5月7日に降伏していますが、実験成功が、ドイツの降伏以前だったら、ベルリンに投下されたかもしれません。東京大空襲の前だったら東京に投下されたでしょう。

ドイツが開発に成功していれば、モスクワやパリ、ロンドンに投下したでしょうし、日本が開戦前に原爆を保持していたら、真珠湾に投下したかもしれません。

戦争が終結するまでに、原爆が実際に使用できる間に、投下して、開発を完了させたい。原爆の完成時点で投下できる都市が、広島であり、長崎だった。そういうことなのだと思います。

なぜ二度も落としたのか。広島と長崎では、原爆のタイプが違います。簡易的なものとより複雑なものと、方式の違う二つのタイプの原爆を試したかった。それだけの理由でしょう。

殺された側からすれば、理不尽極まりないことです。しかし、いかなる殺人も、殺人者の都合で行われるにすぎないのだと、その不条理を痛感させられます。

様々な立場の人々のいろんな思惑が交錯していたでしょうが、結局のところ、開発競争に勝利する、どの国よりも早くゴール(投下)に至る、それがすべてだったのだろうと思えてなりません。

現に、トリニティ実験は、世界で最初に核実験に成功した偉業として、国家的に讃えられています。

実験の近郊の村に死の灰が降り注ぎ、何十人もが様々なガンに冒されて亡くなっています。核兵器による最初の被害者とも言えますが、今に至るまで何の補償もされていません。

 

2.聖書的視点から原爆投下を考える

⑴ トリニティ実験という名称の理由

広島への原爆投下の前のわずか3週間前に行われた世界最初の核実験。トリニティ実験と名づけられています。トリニティとは、元々は神学用語で、「三位一体」を指します。

トリニティ実験という名称を、被爆者の義父から、はじめて聞かされたとき、私は絶句しました。なんと悪趣味なネーミングかと思ったのです。

なぜ、原爆実験に、トリニティなどと付けたのか。名付け親は、ロバート・オッペンハイマー、原爆研究の中心を担った、ロスアラモス研究所の所長です。

彼は、詩の一節からとって、トリニティと名づけたというのです。ジョン・ダンという16世紀のイギリスの詩人の詩です。

ジョン・ダンの詩に、「私の心をうち砕け、三位一体の神よ」という呼びかけから始まる詩があります。オッペンハイマーは、おそらくは、その詩から、インスピレーションを得て、トリニティという名称を決めたということのようです。

元の詩の内容は、個人的な信仰告白です。神が、自分を打ち砕き、信仰を守ってくださるように、というものです。それがなぜ、原爆実験の名称になったのか。作詩者の意図とは、かけ離れています。

別なインタビューでは、オッペンハイマーは、インドの終末的な叙事詩を引き合いに出しています。別に、聖書にこだわりがあるわけでもなく、名称など、なんでもよかったのでしょう。

世界大戦のさなかでの原爆開発。終末を意識させられる中で、思い浮かんだ詩の一節から、全知全能の神を意味するトリニティを実験の名に選んだ。

それ以上に深い、信仰的、神学的意味がある、というわけではなさそうです。

聖書的な価値観に照らし合わせれば、原爆開発という人間のわざに、神の名を意味するトリニティと名づけたことには、大変な思い上がり、傲慢があったと言わざるを得ません。

 

⑵ キリスト教は白人至上主義?

キリスト教の白人至上主義が原爆投下をもたらしたのではないか。と、そんなことを言う日本人は少なくないようです。

日本に原爆を投下したのは、アジア人差別があったからだ、と主張する人がいます。しかし、歴史の文脈で見たとおり、原爆の完成時点で、アメリカが戦っている相手は日本しか残っていませんでした。

そもそもキリスト教は白人至上主義なのでしょうか? 違います。

キリスト教は、中東で、ユダヤ人から生まれました。聖書には、白人のこと、ヨーロッパのことはほとんど出てきません。聖書の中心は常に、中東のイスラエルであり、ユダヤ人です。

ユダヤ人以外の民族は、聖書では異邦人と呼ばれます。いわゆる白人も、異邦人。聖書ではあくまでも脇役です。

イエスの弟子たちが、キリストの教えをギリシャやローマ世界にもたらし、後に、ローマの国教となり、ヨーロッパに定着していったわけです。

 

キリスト教が白人至上主義と言われる時には、十字軍のイメージが強いのだと思います。

11~14世紀に、聖地奪還を掲げて行われた、動機も目的も種々雑多な遠征を、ひっくるめて十字軍と呼んでいるわけです。実際にエルサレムを支配した時期もありましたが、対象はエジプトだったり、トルコだったり、ユダヤ人迫害だったり、同じキリスト者が対象となったことさえありました。

実態はともかく、十字軍という言葉が一人歩きして行き、西欧において自分たちの文化圏を拡大するための戦いは、たびたび十字軍になぞられようになりました。

しかし、聖書に、異邦人に対して聖地奪還を命じているところなどありません。ユダヤ人に対してすらそうです。

唯一の例外は、エジプトを出て約束の土地を勝ちとった最初の戦いだけです。そののち、王国を築いたイスラエルは、神に背き偶像礼拝に陥ったために、バビロン捕囚で都を破壊されてしまいました。さらには、ローマによって徹底的に滅ぼされています。

これは神が下した罰であって、その苦しみは甘んじて受けるほかないというのが、聖書が告げていることです。“異邦人が、人間の力で聖地を奪還する”この十字軍という発想自体が、聖書にある神の命令とは、余りにもかけ離れています。

 

⑶ ヘブル的文脈の喪失

十字軍の時代、聖書は、ごく一部の聖職者たちだけが読むことができるものでした。教えの内容が歪められても、それを指摘できる人はいなかったのです。

当時の西欧のキリスト教世界が抱えていた最大の問題は、聖書本来の文脈を見失ってしまっていたことです。聖書はもともと、イスラエル、ユダヤ人のものです。イスラエルのことをヘブル人とも呼ぶことから、聖書元来の文脈を、ヘブル的視点と言ったりします。

この聖書元来のヘブル的視点は、4世紀頃には、すでに失われてしまっていました。「イスラエルは神に見捨てられ、教会がとって変わった」という置換神学(ちかんしんがく)が主流になっていったのです。

ユダヤ人のクリスチャンは、いつしか脇に追いやられ、ユダヤ人は、キリスト殺しの民とされ、欧州において、久しく過酷な差別と迫害の対象とされてきたのです。

宗教改革の火付け役となった、あのルターすら、ユダヤ人には強い差別意識を持っていました。欧州に長く根付いたユダヤ人差別を巧みに利用して、敵意を煽り、民衆の支持を集めたのがヒトラーだったと言えるでしょう。

 

⑷ 原爆投下の意味付けの違い

「原爆投下によって、悲惨な結末を招いたであろう日本の本土決戦は回避され、戦争は終結した。あれ以上の多くの被害者が出ないですんだ。」

そのような歴史観は、今もアメリカで主流のようです。特に白人の保守層ほど、多くが強く、そのように理解していると言います。

歴史観の違いがあること自体は、まず現実として受け入れる必要があると思います。私は、韓国でも、同様の意見を聞いたことがあります。

本土決戦となれば、沖縄のような凄惨な戦いや、集団自決が日本中で引き起こされていた可能性はあります。原爆投下の後に、日本が降伏したことは事実です。玉音放送にも、「敵は新たに残虐なる爆弾を使用して」ということ、民族の滅亡を招きかねないということが、降伏の理由に挙げられています。

原爆開発の裏では、原爆が人類の戦争を終結されると期待していた人々がいたようです。原爆の常軌を逸した破壊力は、すべの軍事力を無力化させる、人類は今度こそ武器を置いて平和になると。

しかし、実際は、私たちの目にしている通り、核兵器の開発競争はさらに激しくなり、保有する国は増え続けています。戦争は今も、世界のあちこちで続いています。

ロシアのプーチン大統領は、核兵器の使用をちらつかせながら、ウクライナを侵略しました。

世界の破滅がどれほど近づいているかを示す、終末時計というものがあります。アメリカの原子力科学者会が出しているものです。
2023年1月には、史上最短の90秒前と発表されました。

私が小学生の頃、「ザ・デイ・アフター」という核戦争を描いたテレビ映画が放映されたのを覚えています。当時も盛んに核の脅威が喧伝されていましたが、その時よりもはるかに、危機は迫っているということです。

今もなお世界が保たれていること自体が、神の奇跡と言うほかない。私はそう、実感させられています。

 

⑸ 聖書的歴史観・終末観に立って

聖書が突きつけるのは、人間に平和な世界は築けない、という歴史的事実です。

だからこそ、神ご自身が歴史に介入し、人類を救い、世界を回復させる計画を発動されました。

一人の人アブラハムから、一つの民族、イスラエルを起こし、イスラエルの子孫に誕生するイエス・キリストを通して、人類の救いと世界の回復を実現させるという計画です。

イエス・キリストは、人となられた神でした。100%人であるために、キリストは、人類の罪の身代わりとなって十字架で死ぬことができました。100%神であるために、死を打ち破って復活し、人の罪をゆるす権限を持っていました。

栄光の姿で復活されたイエスは、天に昇られましたが、世の終わりに、再び地上に戻って来られます。それがキリストの再臨です。

再臨された栄光のキリストは、地上からすべての悪を一掃し、世界を回復されます。王の王として、平和な王国を治められます。

 

原爆によって戦争を終結させ、世界に平和をもたらそうという考えは、聖書の歴史観とはまったく異なるものだと分かります。どんなに驚くべきテクノロジーをもってしても、人間が世界に平和を築くことはできません。

人間の力で地上に理想郷を建設しようという、あらゆる試みは、悲惨な結果を招いてきました。ナチスの千年王国、大東亜共栄圏、共産主義革命…。ヨーロッパにおける十字軍、アメリカの原爆開発もその一つとして、歴史に刻まれています。

“人類の救いも、世界の回復も、ただ神の力によるしかない“ この聖書的な歴史観は、元来のヘブル的視点が失われた時から、教会組織の中で歪められていってしまいました。

クリスチャンが、自分たちの力で地上に神の王国を建設しようという考え方そのものが、神に対する傲慢であり、自らの罪を理解しない、愚かさの極みだと言えるでしょう。

しかし、今、本来の聖書的歴史観が回復されつつあります。インターネットにより、誰もが、所属する教団・教派、教会の壁を越え、様々な教材を用いて、いくらでも学ぶことができるようになりました。

聖書の学びのための自発的な小グループが、雨後の竹の子のように世界中に出現しています。私の所属する聖書フォーラムも、そのような草の根的なムーブメントの一つと言えます。

 

3. 今も続く核の時代に クリスチャンとして どう生きるべきか?

なぜ、キリスト教国であるアメリカが、二度も原爆を落としたのか。
歴史的文脈、教会史的文脈から説明させていただきました。

理由を三つにまとめるとこうなります。
①歴史的文脈…産業革命の時代以降に加速した、聖書的倫理観の崩壊があった。
②兵器開発の都合…原爆開発は、実際の使用をゴールとしていた。
③聖書的歴史観の喪失…本来の聖書的歴史観が失われて久しかった。

今、クリスチャンとしてまず求められているのは、本来的な聖書的歴史観に立ち返ることだと考えます。

平和な世界を造り出す力は人間にはない。神の介入を待ち望むしかない。神だけが、歴史を支配される方である。という歴史観です。

 

個々人のクリスチャンに与えられている使命は、明確に一つです。「すべての人をわたしの弟子としなさい」というキリストの命令に従っていくこと。

つまり、主イエス・キリストは、あなたの罪のために十字架で死なれ、葬られ、復活された、という福音を告げ知らせ、主イエスこそ、世界を造られ、再び回復させられる神であると、聖書から解き明かしていく。それだけです。

ただ、福音を信じて恵みによって救われる。それが聖書の救いの大原則です。信仰とは自発的な応答であって、無理やり信じると言わせても神の目に信じたことにはなりません。

また、クリスチャンにとって、すべての人が、福音を告げるべき宣教の対象であり、愛をもって接すべき存在です。信仰の違いを理由に、他者を迫害することなど聖書は認めていません。意識が完全に途絶えてしまう瞬間まで、あらゆる人は、福音を信じて救われる可能性が与えられています。

たとえ理不尽な迫害を受けたとしても、復讐してはならないと主イエスは何度も告げられています。クリスチャンにできることは、ひたすら福音を告げ、主イエスは生ける神だと、聖書から解き明かし続けること、それだけです。

一人一人が、どう応答するかは、自由意志を与えられた個々に委ねるしかありません。告げるべきことを告げたなら、あとは、神を信頼して、祈り、委ね、忍耐して待つことだけです。

 

クリスチャンが個人的に体験するのは、使命に生きるただ中で、どうしようもなかった自分自身が変えられていくということです。自分自身の罪が砕かれ、聖霊によって変えられていく中で、自分自身に、周囲に、小さな平和がもたらされていきます。

そうやって、身をもって、平和の主であるイエス・キリストを証しして行く。小さな平和に過ぎないとしても、そのことをも神は用いて、一人の魂を救いに導いてくださいます。

今の時代は、主イエスが告げられた、世の終わりの生みの苦しみの時代に突入しています。

まもなく来られる主イエスが、栄光の王として、すべてを回復してくださいます。その時は、主ご自身しかご存じありません。

終末の裁きがますます迫る中で、託された福音宣教の小さな使命を果たすだけです。

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