証し ~鹿追キリスト教会のできるまで~ 

   

0.辞任。ゼロからの出発

2016年11月。牧師として5年間務めた前任地の教会の臨時総会で、正式にわたしの辞任が決議されました。

主に示されていたのは、「イッピー(キッズゴスペル)の子供たちと、この地での宣教を継続しなさい」ということ。しかし、具体的に、どこで、どう行っていくかは、全く白紙の状態でした。

1.一本の電話で拓かれた道

私たちの行く先を決めたのは、一本の電話。妻が昨年のイスラエル旅行で知り合った立見泰彦医師からでした。

「…実は、隣町の鹿追町に、40年前まで礼拝を行っていた土地と建物が残っているのです。開拓伝道をされるなら、用いていただけたら幸いです。」
思いもかけないご提案に、受話器を握る手が震えました。

早速見に行ったその場所は、前任地からは車で約20分。鹿追町の中心部にあり、役場や商店街、高校からもほど近く、前も裏も公園。建物も土地も十分な広さがありました。

中に入ると、思った以上に広々しています。貼られたままのカレンダーから、10年近く放置されていることが伺えましたが、年月を経てなお、確かに会堂は、建ち続けていました

何より、これは主のお導きだ、という確信が与えられ、鹿追の地で開拓伝道を始めることを決意しました。

2.一歩踏み出す。窪田建設との出会い

まず必要なのは、老朽化した建物の改修です。一部床が抜け、天上が落ちているところもあります。果たして改修に足る状態なのかが、問題です。

いくつかの業者をあたってみる中で、最終的に導かれたのは、40年前に最初の集会所を建てた窪田建設工業でした。

息子さんが後を継いでいると聞き、訪ねていったのですが、場所が分かりません。道の駅で尋ねたところ、「さっき来てましたよ」とのこと。道の駅と商店街の会長も努めている方でした。

事情をお話しすると、「ぜひ地元の業者さんに!!」というこちらの申し出を意気に感じてくださり、早速、建物を見ていただきました。

基礎と柱は、しっかりしており、リフォームの価値は十分ある。ただ、内部は解体しないと分からないし、部分的な改修では、後で不具合が出る可能性が大きい。最善の策は、完全な改修をすることだ、とも言われました。

柱と基礎だけを残し、現在の規準に合わせた耐震、断熱工事を施す内容です。リフォームなら、新築同様の建物が、およそ半額の費用で収まります。

3.立見医師のこと かつての鹿追伝道から40年後に

立見医師は、43年前、鹿追町の病院で医師として努めておられた折、自費でこの鹿追の集会所を建てられました。当時は、宣教師を招いて礼拝し、地域の伝道をされていたそうです。

その後、立見医師は、他町の病院に転任。やがて鹿追での礼拝は絶えてしまいました。しかし、立見医師は、JICAや外務省で働き、国内外を転々とされる中、ずっと鹿追のことが心にかかっておられ、残された土地と建物を手放すことはできなかったのでした。

「開拓に用いさせてください」と、私たちが申し出た時、立見先生は心から喜んでくださいました。80近いお歳ながら、現役の医師を勤める立見先生。これまで国内外の各地に、教会を建てられています。その一つ、アルゼンチンの教会には、毎年、宣教に行かれています。

何より、立見先生が鹿追を離れてから、ちょうど40年の時を経て、教会として再生されるということに、主のご計画を知らされました。

4.改修工事

2016年の4月から、改修工事が始まりました。開けてみなければ分からないことも多々あり、現場では、試行錯誤の繰り返しだったようです。とても手間のかかる工事を労もいとわず丁寧に行ってくださり、本当に感謝でした。

半年後に完成。白い屋根に赤い屋根の、可愛らしい教会堂が建ち上がりました。そして屋根には十字架が。この町で掲げられる最初の十字架となりました。

5.開所式 新しい始まり

9月の開所式には、十勝から、札幌から、道外からも。教団教派を超え、10以上の教会から、100名近い方々が集ってくださいました。

自分のことのように喜んでくださっている、みなさんの笑顔が心に残っています。

後日、教会のオープン記念として開催したコンサートには40名近い方々が来られました。地元からも、礼拝に、キッズゴスペルに、集う方々が少しずつ起こされています。

確かに、この地に主の民が置かれているのだと、様々な機会に感じさせられています。御言葉が、繰り返しに心に響いています。

「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。(マタイ6:33)」

愛実の証し 再び拓かれた歌への道

 - ご案内, 信仰の証し, 鹿追教会について