キリスト教会の結婚式で大切な、たった一つのこと!!  誓約・誓い=神への信頼

   

なんでこんなに細々してるの?

キリスト教の結婚式。新郎新婦の皆さんが戸惑うのが、手順の多さ。

ベールダウンに、入場、歩き方から、手の差し出し方、指輪の受け取り方や、キスの時の顔の向け方にいたるまで…。これがまた、式場ごとにこだわりがあって、細々した作法が違ったりするのです…。式を挙げる牧師だって混乱しちゃうくらいです^^;

オリジナリティを出そうとか、さらに見栄え良くしようとか、感動させようとか、式場が工夫する度に、いろんなものがくっついて増えていくわけですね…。

しかもそれを、式直前の一度きりのリハーサルで覚えなきゃいけないわけですから、ハッキリ言って、無理な話です。実際、完璧にできた人なんて見たことがありません。

本番になると、さらに普段とは別次元な緊張感がやってきます。すっかり飲み込まれてしまって、新婦を迎えなきゃいけないのに、新郎が頭真っ白で固まっちゃってる、なんて光景は、よくあります。

たいせつなことは、たった一つ!!

結婚式の中で行う一つ一つのことに、意味が込められているわけですが、何はなくとも大切なのは、誓いの言葉、誓約です。

新郎新婦が、「はい、誓います」と誓った瞬間に、結婚式は成立しているのです

誓いさえできれば、あとは何があっても大丈夫!!

リハーサルや面談の時に、誓いの言葉を初めて耳にして、戸惑ったという人は、結構いらっしゃると思います。まじめな人ほどそうでしょう。

牧師さんによって、多少言葉は違いますけど、基本的にこんな感じの言葉ですね。

「あなたは、今、神の前に立ち、この女性(or男性)と結婚し、神の定めに従って夫婦となろうとしています。あなたは、その健やかなるときも、病める時も、彼女(or彼)を愛し、敬い、慰め、助け、その命の限り、堅く操(みさお)を守ることを誓いますか。」

この言葉を、まともに受け止めて、完璧にやろうとしたら…、大変ですよね。一日は、なんとかできても、翌日大げんかしていたりして…。

では、一体なんのために誓うのでしょうか?

直前に面談の時間を設けている良心的な式場があります。面談の場で、わたしが必ずおたずねするのは、「お二人は、どういう風に出会われましたか? 計画的な出会いでしたか?」ということです。

ほとんどの方は、「偶然です」と答えられます。

ときどき、「紹介所を通して知り合ったから、計画的といえば、計画的かなぁ」なんて言われる方もいらっしゃいますが。こちらの質問に肯定的に答えようという心配りがうかがえますね。

それでも、突っ込んでうかがうと、やっぱり説明できないことが根っこにあるのです。出会いは、本当に不思議なもの。実は、そこに、神様が働きかけてくださっているということです。

聖書の神は、天地を造られ、全ての命を造られた神です。すべての人は、神によって命を与えられ、生まれ、育まれていきます。そして、時が来て出会わせられ、結婚にいたるのです。

これはみんな、頼みもしないのに、神様がしてくださったことです。

だから、新郎新婦が信頼すべきは、たった一つのことなのです。

つまり、神様が、お二人を夫婦とされ、夫婦として歩んでいけるように助けてくださる。ということです。

夫婦には難しい側面もあります。あんなに仲が良かったのに、という夫婦が突然破局するということもあります。

一方、大変な試練の中で、絆を深めていかれる夫婦もいらっしゃいます。そのような夫婦は体験的に一つのことをご存じだと思います。

それは、“人生には、自分たちの努力だけでは、どうしようもないことがある”ということです。これを知っている夫婦は強いのです。

結婚式の誓いが、お二人の夫婦の歩みの礎になります。

「そうだよね、神様が、私たちを夫婦としてくれたんだよね。このことも乗り越えて絆を深めていけるように、神様が助けてくれるよね。」

いつでも立ち返ってくることのできる夫婦の礎が、結婚式の誓いなのです。

神様が、私たちを結び合わせられ、夫婦として歩んでいけるように助けてくださる。その信頼を持って誓うとき、その誓いは、生涯、お二人を支えるものとなるでしょう。

この、たった一つの大切なことを覚えて、式に臨んでいただけたらと願います。

結婚式で誓ったけど、そこまで考えなかったなぁ、という方は、もう一度、お二人で確認していただけたらと思います。

「私たちを、神様が夫婦としてくださったんだよね。あの時、誓ったんだよね。」と、そうやって確認して歩み出すときに、確かに神様が助けてくれて、夫婦の絆を深めてくれているんだと、感じ取っていくことができます。

結婚後の夫婦の歩みに必要な、一つのこと

キリスト教の信仰の土台とは、“自分には自分を救うことはできない。でも神様が助けてくださるならできる”と、神様に委ねるということです。

教会で欠かせないシンボルが十字架ですが。十字架は、どうしようもない自分の欠けたところ、罪を、神ご自身が身代わりに負ってくださったということです。その方が、人間となられた神、イエス・キリストです。

結婚式の誓いも、キリスト教の信仰と土台は同じです。

自分たちの努力だけでは、夫婦として歩んでいくことはできない。でも、神様が助けてくださるなら、できると信頼することです。

信頼するなら、その信頼に、神様は必ず応えてくださいます。

そして、どうしようもない状況に陥ったときには、いつでも、誓いに立ち返ること。

「神様が私たちを夫婦とされたのだから、このことも乗り越えていけるように助けてくださる。」と。

夫婦がうまくいかないとき、決まって、誓いの基本を忘れてしまっているのです。忘れたなら、もう一度思い返して、神様の約束に立ち返りましょう。

その繰り返しの内に、夫婦の絆が強められていくのです。

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