動画&まとめ マルコ15:21~41 まことに神の子であった メシアの十字架の苦難
1. 十字架への道 15:20~21
十字架刑の宣告後、ローマ兵による組織的な辱め「王様ごっこ」が繰り広げられました。
徹底した見せしめの十字架刑は、いわば、劇場型の刑罰です。
人々が神の子を見せしめにした一方、突きつけられるのは、人の愚かさです。
過越祭で混雑するエルサレム市街をイエスは、十字架の横木を負って歩かせられました。
出血多量のイエスは、上り坂で倒れたのでしょう。途中で死んでは見せしめになりません。
居合わせたクレネ人シモンが、十字架を担がされました。彼は後に、教会の指導者となったようです。
2. 十字架につけられる 15:22~32
ゴルゴダ(どくろ)と呼ばれた刑場は、エルサレムの城壁のすぐ外にありました。
人通りの多い街道沿いに、目線の高さで十字架にかけられたイエス。すべては見せしめのためでした。
鎮痛剤でもある没薬入りのぶどう酒を拒んだイエスには、十字架で成し遂げなければならない使命がありました。
両手首と足首を釘打たれ、十字架を立てます。その衝撃で体中の関節が外れました。
十字架上では、胸が圧迫されて呼吸困難になり、体を持ち上げれば激痛が走ります。
どうすれば苦しみ抜いて死に至るか、計算され尽くしているのが、史上最も残酷な刑とされる十字架刑です。
当時貴重だった衣類は、担当の兵士たちの取り分となりました。
裕福な信者からの贈り物と思われる一つ織りの高価な外套は、くじ引きにされました。詩篇22:18の預言の成就です。
イエスが十字架につけられた午前9時は、神殿で祭司のための特別な過越の犠牲の子羊が献げられる時間でした。
イエスこそ、人類の罪を贖うために献げられた犠牲です。
罪状書きには「ユダヤ人の王」。王であるメシアを、ユダヤ人と異邦人、つまり全人類が十字架にかけたのです。
「十字架から降りてみろ」と罵る人々の背後には、十字架の贖いを阻止しようとするサタンの働きがありました。
悲惨な光景とは逆に、イエスは、サタンに勝利しようとしていました。
3. イエス・キリストの死 15:33~41
9~12時、イエスは人の怒りを受け、12~3時、神の怒りを受けました。暗闇は、そのしるしです。
「わが神」と叫ばれたイエスは、この時、神の怒りの杯を受け、父なる神と断絶されていました。
贖いは成し遂げられ、父との関係も回復され、イエスは、父なる神に、そのいのちを自ら渡されたのでした。
この時、神殿の至聖所を隔てる幕が、真っ二つに裂かれたように、主イエスを信じる誰もが、キリストを通して父なる神に近づけるようになったのです。
4. 十字架が突きつける二つの道
異邦人もユダヤ人も、人類はメシアを拒みました。
メシアは、人の怒りを受けられ、人類が受けるべき神の怒りをも受けられました。
わたしが、あなたが受けるべきだった神の怒りをメシアである主イエスが、その身にすべて受けられたのです。
これを信じて救われるか。なお拒んで滅びにいたるか。
道は二つに一つなのだと、聖書は私たちに問いかけています。