4章 イスラエルの萌芽
1.イサク
イサクは、父アブラハムとは対照的に、静かな人生を歩んだ。
神に与えられた使命は、約束の地にとどまりつづけること。
イサクは、掘り当てた井戸を、次々と地元民に破壊されたが、それでも主に信頼して、次の井戸を掘り続けた。
ようやくイサクのものとなった一つの井戸を前に、主が、アブラハムからの約束の継承を宣言された。
2.エサウとヤコブの誕生
イサクの妻リベカが双子をみごもった。双子は胎内で争いあっていた。
リベカの祈りに答えて主が言われたのは、双子から二つの国民が誕生すること。兄が弟に仕え、弟から出る国民の方が強くなるということだった。
生まれた子の名は兄がエサウ。弟は、兄のかかとをつかんで生まれてきたので「かかとをつかむ」という意味のヤコブと名付けられた。
エサウは狩人となって野を飛び回り、ヤコブは神と父に仕えて家にいた。
あるとき、エサウが猟から帰るとヤコブは豆スープを煮ていた。
「食べさせろ」と迫るエサウにヤコブは、「長子の権利をください」と申し出た。エサウは豆スープ一杯で大切な長子の権利を売ってしまった。
3.長子権をめぐって
年老いて目もよく見えなくなっていたイサクは、エサウに、鹿肉を捕ってくるのと引き替えに長子の権利を祝福として譲ると伝えた。
これを立ち聞きしたリベカは、大急ぎでヤギ料理を作り、ヤコブに腕と首にヤギの毛皮をまとわせた。エサウになりすましたヤコブに、イサクは長子としての祝福を与えた。
入れ違いで戻ってきたエサウは、出し抜かれたことを知って激怒した。
リベカは、エサウの弟への殺意を知り、ヤコブを兄ラバンのいる北のハランへ送り出すことにした。名目上は、ヤコブの嫁探しだった。
一人旅だったヤコブは、何もない荒野で野宿をしていて、不思議な夢を見た。
天と地をつなぐ梯子を天使たちが上り下りしていた。
はしごの上から主が言われたのは、アブラハムへの約束と同じ、この土地が与えられること、子孫の繁栄だった。
加えて、主がヤコブを守り、必ずこの地に連れ帰る、と約束された。目覚めたヤコブは、この地にベテル・神の家と名付けた。
4.ハランでの日々
長旅の末、ヤコブはハランの近くの井戸についた。そこに羊を連れてやってきたのが、叔父ラバンの娘ラケルだった。
ラケルに一目惚れしたヤコブに、ラバンは7年間のただ働きと引き替えに、娘を嫁がせると言った。
ヤコブは熱心に働いた、ラケルを愛していたので、7年も数日のように思われるほどった。
約束の日が来て、結婚式が祝われた。しきたりに従い、ベールを被った花嫁をラバンは迎え入れた。翌朝、見ると、それはラケルではなく、姉のレアだった。
「なぜだましたのか」と詰めよるヤコブに、ラバンは、レアに続いてラケルも嫁がせる代わりに、あと7年間、ただ働きをすることを約束させた。
ヤコブが愛したのはラケルだったが、神はレアを憐れみ、レアは、次々と4人の子を生んだ。
子が生まれないラケルは、女奴隷ビルハにヤコブの子をみごもらせ、2人が生まれた。レアも女奴隷ジルパに身ごもらせ、2人生まれた。さらには、レア自身も2人の子を生んだ。そして11番目、ようやくレア自身が身ごもり、子が生まれた。
大家族を抱えたヤコブは、独り立ちして故郷に帰ることを望み、叔父ラバンに訴えた。
ヤコブの働きから、ラバンは大きな富を得ていた。背後にヤコブの神の祝福があることも知っていた。
ヤコブを手放したくないラバンは、はじめて報酬を与えようと申し出た。叔父の強欲さをよく知っていたヤコブは、極めて控えめなお願いをした。
ラバンから預かっていた家畜から、ぶちやまだらの羊とヤギが生まれたら、自分のものにさせて欲しいと言ったのだ。どちらも珍しい模様で、生まれてくる数も少ない。
ところが、これを聞いたラバンは、ぶちやまだらの羊とヤギを全部取り除いた上で、ヤコブに預けた。
ヤコブは、家畜の群れの前で皮をはいだ木の枝を置いた。そうすれば珍しい模様の子が生まれるという迷信があったのだ。涙ぐましい努力だった。
しかし、不思議なことに、ぶちやまだらの羊とヤギがどんどん生まれ、ヤコブは豊かになっていった。
ラバンの息子たちは、ヤコブは父ラバンのものを奪っているといちゃんもんをつけた。ラバン自身も、ヤコブに敵意を抱いていた。
ついに神は、ヤコブに帰国を命じた。ヤコブは、2人の妻に決意を告げた。神が家畜を増やしてくださったこともよく分かっていた。ヤコブは、主の命令に従い、すぐに旅立った。
ラバンがヤコブの逃亡を知ったのは3日目だった。猛然と追いかけたラバンが、ヤコブに追いついたのは、故郷の手前、川向こうの地だった。
憤るラバンに前夜、主が夢の中で現れ、ヤコブと争うなと釘を刺されていた。ラバンは、「なぜ黙って出て行ったのか、祝福して送り出してやったのに」とヤコブをとがめた。
ヤコブは堰を切ったようにラバンに訴えた。20年間、忠実に仕えたのに、ろくに報酬も与えてくれなかったと。ラバンには返す言葉もなかった。
ヤコブとラバンは、石の柱を立て、それを境界線に定めた。この線を越えて、互いの財産を侵害しない。約束したラバンは帰って行った。
5.エサウとの再会
故郷を目の前にして、エサウに送った使いが、ヤコブの元に戻ってきた。ヤコブの帰還を知ったエサウが、400人を引き連れて来ると知らされた。
ヤコブはエサウの復讐を恐れていた。そこで、生き延びる確率を上げるため、家族と家畜を二つに分けた。さらに、多くの家畜をエサウへの贈り物として選び出し、一列に並ばせて先頭を行かせた。襲われた時の時間稼ぎをはかったのだ。
考えられる手を尽くすと、ヤコブは、家族と家畜に川を渡らせ、1人対岸に残った。
そこでヤコブは、1人の人と一晩中格闘した。その人は、ヤコブの勝利を認められた。ヤコブのももの関節を外し、「わたしを去らせよ」と言った。
祝福してくださるまでは去らせませんと訴えるヤコブに、その人は、イスラエルという新しい名を与えられた。「神が戦う」という意味だ。
名をたずねるヤコブに、その人は、「なぜわたしの名をたずねるのか」と言って、ヤコブを祝福した。ヤコブには、戦った相手は神ご自身だと分かった。聖なる神と罪人である自分が顔と顔を合わせてなお生かされている。ヤコブは主を讃え、礼拝した。
翌日、ヤコブはエサウと再会した。エサウの方から駆け寄り、ヤコブを抱きしめ、2人は泣いた。
エサウは、セイルの荒野に帰って行った。
6.騒動
約束の地に入ったヤコブは、故郷の手前、シェケムに腰を落ち着けてしまった。
あるとき、シェケムの町を訪れたヤコブの娘ディナが、町の長シェケムに捕らえられ、犯された。
これを聞いた息子たちは心を痛め、激怒した。ディナを嫁にしたいと申し出てきたシェケムに、息子たちは、町の男たち全員が割礼を受けることを条件に出した。条件をのんで割礼を受けた男たちが、痛みで苦しんでいる中、ヤコブの2人の息子、シメオンとレビが町を襲い、すべての男たちを難なく殺した。
ことの次第を聞いたヤコブは、この地の住民の憎しみをかい、根絶やしにされることを恐れた。
7.ベテルで
主は、ヤコブに、ベテルに行き、祭壇を築くよう命じられた。荒野でヤコブを夢を見たその場所だ。ヤコブは、一族が持っていたすべての偶像にまつわる品を処分した。
そして、主がヤコブに現れ、土地を与え、子孫を繁栄させるという、アブラハム以来の約束を、改めて告げ、確認させられた。
この後、ラケルが身ごもり、男の子を産んだが、ラケルは難産の末に死んでしまった。この子ベニヤミンが、ヤコブの12番目の最後の息子となった。
ようやくヤコブは、父イサクの元に帰り着いた。母リベカは、ずっと以前に亡くなっていた。やがてイサクは死んだ。180歳の生涯だった。