動画&まとめ メシアの受難③ マタイ26:47~64「栄光の雲に乗って来られる主」 メシアの逮捕と二つの裁判

   

1. ゲツセマネの祈り

いつものようにオリーブ山にいかれ、いつもの場所で祈られるイエス。史上最大の霊的戦いは、世のただ中で行われました。
ゲツセマネ(油絞り)での主の祈りは、文字通り命を絞り出す祈りでした。

杯とは、神の怒りの杯。神から完全に見捨てられる、罪人への裁きの杯です。

完全に父なる神と一体である方が断絶される苦しみ。その杯を飲み干す決断をされたとき、イエスの勝利は決しました。

2. イエスの逮捕

イエスの必死の祈りの最中に眠り込んでいた弟子たち。それでも時はきます。

兵士の一団を導いてきたのはユダでした。本来なら師への最大の敬愛を示す口づけが、逮捕の合図となりました。

大祭司の僕に斬りかかったペテロを、剣を取る者は剣で滅ぶといさめられたイエス。霊的戦いに、武力は無意味です。

弟子たちは逃げだし、イエスは捕らえれますが、すべては主の手にありました。

3. 二つの裁判

真夜中に大祭司の私邸で開かれた裁判は、あらゆる点で違法でした。予定されていた証人のユダは姿をくらませており、大混乱の中で進む裁判。

決定的証拠はなく、苛立った大祭司は、神の名により、「お前は神の子キリストなのか」と問いました。

イエスは、肯定し、こう告げます。

「あなたがたは今から後に、人の子が力ある方の右の座に着き、そして点の雲とともに来るのを見ることになる」

神だけのものである栄光を帯びて来る方とは、神ご自身に他なりません。

イエスの明らかな神性宣言に、大祭司は激高し、衣を引き裂いて、神への冒涜だと叫びました。

宗教裁判での死罪が決まったイエスですが、ユダヤ議会による死刑執行の権限は奪われていました。

イエスは、ローマ総督ピラトに引き渡され、政治裁判が行われます。

イエスに何の罪も見いだせなかったピラトでしたが、真理に耳を傾けることはありませんでした。結局は、十字架につけろ、と叫ぶ群集の圧力の前に、妥協し、刑の執行を決めたのです。

4. まとめ

私たちの罪のために十字架にかけられ、死んで葬られ、復活されたイエス・キリストは、今も生きておられます。

やがて、栄光の雲にのって戻って来られる主イエスは、地上から悪を一掃し、世界を楽園へと回復されます。

このことを信じて、主イエスを自分自身の人生へと迎え入れるかどうか。それが、今の時代を生きるすべての人々に投げかけられた問いです。

そして、信じた者は、この真実の上に生きることを求められます。

福音を信じた瞬間に確定した救いとは別に、天の国で、それぞれの信仰の歩みに応じて与えられる報酬があります。

火事で焼け出された者のように、身一つで天国に入るのか。それとも、「よくやった忠実な良い僕だ」と、主が声をかけてくださるのか。

存分に主の恵みを味わう者でありたいと願います。

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