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聖徒伝52 申命記⑥ 22~24章 世にあっては寄留者として イスラエルの日々の諸規定

 
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2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 

【メッセージアウトラインPDF・資料はこちら➡】 52_モーセ26_申命記⑥_200920

1. 所有の責任 強姦・姦淫の罪  22章

迷子の家畜の保護から、律法に根付く互助の精神を教えられます。

性的儀式を伴う偶像礼拝の入り口である異性装は、厳しく禁じられました。

屋上の手すりの設置義務は、管理者責任の概念を教えます。

律法の根底には神の憐れみがあります。

 

作物や家畜の使役、織物における混合の禁止は、真実と偽り、信仰と不信仰を混同するなと視覚的に教えます。

姦淫への厳しい刑は、不法な離婚の抑止になったでしょう。

性的きよさは、信仰的きよさにつながるものでもありました。

何より、これらの律法は、神への愛と隣人愛に基づいて適用されるべきものでした。

 

2. 礼拝と陣営のきよめ他  23章

主の集会に加われない者に、性器を切り取られた者、不倫の子と子孫、イスラエルを呪ったアンモン人とモアブ人が記されています。

一方で、主を信じたモアブ人ルツのような例外があったことをも、聖書は記しています。

神の裁きの厳格さを突きつけられると共に、神の無制限の愛についても教えられます。

 

陣営のきよめの規定は、イスラエルの戦いは主の戦いであるという、その本質の表れです。

イスラエルは器に過ぎません。

異邦人の逃亡奴隷の保護は、現在の難民保護にも通じる画期的なものでした。

神殿娼婦・男娼・遊女が堅く禁じられるのは、性的姦淫が霊的姦淫を招くものだからです。

一方、娼婦に率先して福音を告げたのが、他ならぬメシア、イエスでした。

儀式的けがれの要求に従うことと、罪人を救いに招き入れることの両方を、律法は求めていることが分かります。

 

誓願の厳格さが再三告げられる一方、誤った誓願をやめる道もあったことは特筆されます。

畑のものを食べることを認めた規定は、旅人や貧者を保護するものでした。

弱者の保護という、律法の重要な側面が、よく表れています。

 

3. 隣人愛 憐れみの根拠  24章

主イエスによれば、律法が離縁を認めているのは、人のかたくなさゆえの神の特別措置です。

新婚者への1年の兵役免除の規定は、恵みを味わい尽くすことこそ、主の民への願いなのだと教えてくれます。

命に関わる担保の禁止、人身売買の禁止は、命の尊厳を示しています。

ツァラアトに関する規定は、視覚的に人の罪を教えました。さらには、来たるべきメシアの影ともなっています。

真の癒やしをもたらすのは、メシアにほかなりません。

担保への配慮、虐待の禁止、労働賃金の日払い義務。これらは、いずれも弱者を保護するもの。主の憐れみが現れています。

 

4. 世にあって寄留者である私たち

憐れみを施すべき根拠は、イスラエルもエジプトで寄留者だったことです。

そのイスラエルを主は一方的に愛されました。

主の約束は、恵みのゆえに、決して失われることはありません。

 

背信のゆえ、流浪の民となったイスラエルは、今なお寄留者です。

しかし、イスラエルが、神の国の永遠の民とされる時は、必ずきます。

 

聖徒たちは、地上では旅人であり、寄留者であると告白していました。

福音を信じて救われ、神の民とされた私たちも、世にあっては寄留者です。

地上での苦難は避けられません。

神の国の約束を握りしめて歩んだ聖徒たちのように、将来に希望と確信をもって、今この時を歩みたいと願います。

主は来られ、すべての涙は拭われます。神ご自身が約束されているのです。

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