十勝の鹿追町 聖書と人生のいろいろ

聖徒伝92 ダビデ編⑧ サムエル記一31章~二1章 サウルの最期 ダビデの哀歌 「誰が王になりうるか」

 
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2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 


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1. サウルの最期 31章

戦いはペリシテの圧勝でした。兵士たちは倒れ、ヨナタンも殺され、サウルは、弓で討たれ致命傷を負いました。

無割礼の者になぶりものにされる前に、刺し殺せと道具持ちに嘆願したサウル。恐れすくむ道具持ち見て、サウルは自ら剣の上に倒れ込んだのでした。

 

ペリシテ軍はイスラエル軍を壊滅させた勢いで、イズレエル平原の北部や、ヨルダン川の向こうまで侵略しました。

ペリシテ人がサウルと息子たちの死体を発見したのは翌日でした。

彼は、サウルの首を切り、武具をはぎとり、自分たちの町々に勝利を告げました。

 

サウルと息子たちの死体は、イズレエル平原の東端のベテ・シャンにさらされました。

これを聞いたヤベシュ・ギルアデの人々は、25kmの道のりを夜通し歩いて死体を取り返し、埋葬し断食しました。

サウルが王としての初陣で救ったのがヤベシュの住民でした。彼らは命がけで王への敬愛を示したのです。

 

2. ダビデへの悲報 1章1~16節

三日後、ツィクラグのダビデにサウルの悲報がもたらされます。戦場からきたアマレクの若者が告げたのです。

若者は、サウルに頼まれ、とどめを刺したと告げ、証拠にサウルの王冠と腕輪を見せました。

衣を引き裂き、夕方まで断食したダビデは、亡き王へ、これ以上ない深い哀悼の意を表したのでした。

ダビデは、王を殺したと告げた若者を討ちました。神への恐れもなく、王に手を下した責任を重く問うたのです。

 

3.サウルへの哀歌 1章17~27節

ダビデは、サウルとヨナタンのために哀歌を歌いました。

聖書で個人的に哀歌がささげられているのは、将軍アブネルとヨシヤ王だけ。他にはイスラエルの哀歌を預言者が歌っています。

哀歌は、見捨てられた者にはささげられません。絶望だけなら歌えません。

イスラエルの戦没者記念日には、子どもたちが、今でもサウルにささげられた、この哀歌を歌っています。

 

4.罪と裁き 信仰と救い

神がサウルを選び、サウルは神を信頼して召命に応えました。

サムエルは、死の前夜のサウルに、「私と一緒になるだろう」と告げています。

サウルの遺体は命がけで取り返されて葬られ、ダビデが哀歌をささげました。

 

王の召命への応答が、サウルの主に対する信仰告白だったとするなら、罪の刈り取りの悲惨な最期を経てもなお、彼自身の救いは失われてはいないと言えます。

私がサウルの立場に置かれたら、果たしてサウル以上ことができるのか。問われます。

霊的戦いの最前線に立たされるイスラエル王にのしかかる重圧に、一体誰が耐えうるでしょうか。

 

ダビデは繰り返し、憐れみの主を讃え、本当の王を求めています。

マラナタ。真実に王となり得る人物は、メシアをおいて他にありません。

救いの道は唯一、福音を信じること。神の確かな約束のゆえ、信じた者から救いが失われることはありません。

主イエスの贖いの憐れみの御業に支えられ、罪ゆるされた者として、主への信頼の上に今を歩んでいきましょう。

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