十勝の鹿追町 聖書と人生のいろいろ

復活 究極の希望・力・命

 
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2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 


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1.  預言されたメシアの復活

罪を犯したアダムに神は、メシアの救いを預言しました。

「わたしは敵意を、おまえと女の間に、おまえの子孫と女の子孫の間に置く。彼はおまえの頭を打ち、おまえは彼のかかとを打つ。(創3:15)」

女の子孫として現れるメシアは、蛇(サタン)に噛まれながら、勝利する。

この蛇は、毒蛇だと思われます。中東には今も、致死性の毒を持つ毒蛇が生存しています。

聖書に、毒蛇は死をもたらす存在として記されています。

イスラエルは、荒野で神に反抗し、毒蛇によって多数の死者を出しています。

メシアは死ぬが、勝利する。ここには、死からの勝利、復活が予告されています。

 

族長時代の義人ヨブは告げています。

「私を贖う方は生きておられ、ついには、土のちりの上に立たれる(ヨブ記19:25)」と。

アブラハムが、子孫の繁栄という神の約束を信じ、ひとり子イサクを献げられたのは、復活を信じていたからです。(ヘブル11:17~19)

 

預言者エゼキエルは、枯れた骨の復活の幻を見ました。

イスラエルの究極的な回復の希望は、死者の復活の上にあるものです。

生前のイエスは、十字架の死と復活を合わせて何度も預言しています。

メシアの贖いは、復活が前提なのです。

2.  初穂であるメシアの復活

預言通り、十字架の贖いを成し遂げられた主イエスは、死を打ち破り、三日目に復活されました。

使徒たちは、様々な聖句を引用して、メシアの復活は旧約聖書の預言の授受であると告げています。

(詩16:9~10➡使2:24~31,詩22;22➡ヘブ2:12,詩118:22~24➡使4:10~11)

 

主イエスが復活したのは、律法が定める初穂の祭りの日でした。

その年の最初に収穫した麦穂を献げる日です。

「御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です。(コロ1:18)」

また「死者の中から最初によみがえられた方(黙1:5)」とも記されています。

初穂の後には続々と収穫が続きます。初穂であるメシアの復活に続き、主を信じた者たちが復活するのです。

「私たちは、キリストが現れたときに、キリストに似た者になることは知っています。(Ⅰヨハ3:2)」 とある通りです。

3.  信者の復活

信者の復活とは、信仰が完成した状態です。パウロはこう告げています。

「神は、あらかじめ定めた人たちをさらに召し、召した人たちをさらに義と認め、義と認めた人たちにはさらに栄光をお与えになりました。(ロマ8:30)」

福音を信じた瞬間に救われ、神の目に正しい者と認められた。

この義認の後、信仰者は、聖化という信仰の成長の過程を歩み、神の国で栄光の復活の体に変えられます。

それが栄化です。

 

栄化した者は、非難されるところはなく(Ⅰコリ1:8,ピリ1:10)、しみも傷もない完全な者となり(エペ5:27)、神を完全に知ります(Ⅰコリ13:9~12)。

携挙され、主イエスのもとに挙げられた瞬間、すべてのクリスチャンは、復活し栄化されるのです。(Ⅰコリ15:50~58)

 

信じ、待ち望んできたものすべてが成就する瞬間、それが復活・栄化です。

「私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いたちも、支配者たちも、今あるものも、後に来るものも、力あるものも、高いところにあるものも、深いところにあるものも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。(ロマ8:31~39)」

 

4.  不信仰者の復活

携挙されたすべての信者は、その瞬間に復活の体を与えられます。神の国の物質でできた永遠の体です。

その後の大患難時代に死んだすべての信者も復活の体を与えられます。

この信者の復活を第一の復活と呼びます。

 

一方で、第二の復活と呼ばれるのが、不信者の復活です。

世の終わりの神の裁き・七年間の大患難時代の最後、主イエスを拒んだすべての人は、陰府(よみ)に落とされます。

千年後、彼らは再び肉体を与えられます。これが第二の復活です。

肉体を与えられた上で、主イエスの最終的な裁きを受けるのです(黙20章)。

 

彼らは永遠に神と断絶され、燃える火の池(ゲヘナ)に投げ込まれます。

これが第二の死、永遠の死です。

 

5.  復活こそ世界の究極のゴール

主イエスの最終的な裁きの後、世界は完全に新しく造り変えられます。

神の住まいである天のエルサレムが、地上に降り立ちます。まさに、天と地が一体となるのです。

「もはや死はなく、悲しみも、叫び、苦しみもない(黙21:4)」

主を信じたすべての者は、復活の栄光の体で、永遠の平安を生きることとなるのです。

 

見たこともない宝石や貴金属で飾られ、光り輝く新天新地の都エルサレム。

そこには12の門があり、イスラエル12部族の名が記されています。

さらに12ある城壁の土台石には、12使徒の名が刻まれています。

都の中央を流れるいのちの水の川は、水晶のように光り輝き、その畔に生えた木は、12種類の実を1年中ならせます。都の人々には、病も死もありません。

 

都には神殿がありません、主イエスご自身が生きた神殿としておられます。

太陽も月もないのに、夜も闇も影すらありません。主ご自身の光がすべてを照らし、包み込んでいるからです。

神に呪われ、断絶される者はいません。都のすべての人々の額には、主の御名が記されています。人々は皆、王として、この都を治めるのです。

この途方もない約束は、主が約束し、天使が告げ、使徒たちが聖書に記しました。

天地を造られ、預言通りに救いを御業を成し遂げられた主ご自身が、聖書と歴史をもって保証されています。

 

この究極のゴールを人々に告げるよう聖書は強く促しています。

世の終わりが近づくほど、人は、闇と光に分断されていきます。

背教者は、神などいないと言い、不信仰者は、主イエスの再臨を忘れてしまいます。

主は警告されています。

「見よ、わたしはすぐに来る。それぞれの行いに応じて報いるために、わたしは報いを携えて来る。(黙22:12)」

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