Q:それは、しつけ? それとも、虐待?

   

Q:小さな子どもを車に閉じ込めたり、何人もの大人が取り囲んで厳しく注意したのを、
しつけだと言われたのですが、これって虐待じゃないのかなと…?

1. しつけと虐待の違い

…たしかに、虐待と言わざるを得ない行為だと思います。

虐待とは、「大人から子どもへの不適切な力の行使」です。

 

「大人の行動を子ども自身の行動で統御できる」のが、しつけです。
“自分で片付けをしなかったから叱られる”“していれば叱られない”というように、しつけには、明確なルールがあります。

一方、「子ども自身の行動により統御できない」のが、虐待です。
大人の気分次第で、叱られたり、叩かれたり、無視されたりするので、子どもには、どうしようもないのです。

 

しつけは、お互いの信頼に基づき、ルールの下での安心をもたらします。
子どもに選択権を与え、よい判断ができるよう促し、自立に導くものです。

虐待は、理不尽で不可解、子どもの選択権がなく、強制的で支配的です。
子どもの自立を妨げ、依存させます。子どもは常に不信と不安に脅かされるのです。

どんなに頑張っても、大人の気分次第で罰せられてしまうのでは、子どもの自己評価は下がっていくばかりです。

 

子どもも納得し確認できる、公正なルールの上にあるのが、しつけであり、支配する大人の気分次第なのが虐待です。

2. 4つの虐待

児童虐待防止法(「児童虐待の防止等に関する法律」)は、虐待について四つの種類を挙げています。

①身体的虐待

“児童の身体に外傷が生じ、または生じるおそれのある暴行を加えること”

外傷には、火傷や内出血なども含まれます。
見えないところや、普通の生活では怪我をしないような場所に傷がある場合は、要注意だと言います。

②性的虐待

“児童にわいせつな行為をすることまたは、わいせつな行為をさせること”

子どものヌード写真を撮って売ることなども含まれます。

家族内のわいせつ行為について、知りながら放置した場合は、ネグレクトです。

③ネグレクト

“保護者としての監護を著しく怠ること”

ネグレクトは、子どもの保護への親の怠慢です。

心身の成長を妨げるような減食、長時間の放置、虐待の放置など。子どもの正常な発達を妨げるような放任や不適切な育児を指します。

④心理的虐待

“児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと”

心理的虐待とは、子どもの心に長く傷を残すような言動です。

「あなたのせいで、私の人生は台無しになった」というような、子どもの存在を否定するような言動は、まさにそうです。

兄弟の間に不当なまでの差別的な待遇をする場合も含まれます。

平成16年の法改正により、ドメスティックバイオレンス(DV・配偶者の暴力)を目撃することも心理的虐待とされました。

DVを日常的に目撃することも、子どもに、他の心理的虐待と同様のダメージを与えると分かったからです。

3. 聖書が教える“懲らしめ”とは?

聖書で「しつけ」にあたるのが、「懲らしめ」「諭(さと)し」です。(箴6:23他)

神は、親が子にするように、信者を懲らしめられますが、それは、子である信者を訓練し成長させ、神との平和を得るためのものです。(ヘブ12:11)。

神は、「豊かな慈愛と忍耐と寛容(ロマ2:4)」をもって導かれているのです。

 

信者の訓練の中心は、神の言葉を学ぶことです。使徒パウロは、若い同労者テモテにこう告げています。

「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。Ⅱテモ4:2」

シナイ山でモーセを通して与えられた律法は、「養育係(ガラ3:24)」として、イスラエルを諭し、懲らしめ、導きました。

律法には、何をしたら罰を受けるか、明確に記されています。

今の教会時代には、キリストの律法が信者を導きます。その教えは、イエスの教えを直々に受けた使徒たちの手紙にはっきりと記されています。

指導者に求められるのは、「非難されるところがなく。わがままでなく、短気でなく、酒飲みでなく、けんか好きでなく、不正な利を求めず、かえって、旅人をよくもてなし、善を愛し、慎み深く、正しく、敬虔で、自制心があり、教えにかなった信頼すべきみことばを、しっかりと守っている。テトス1:7~8」ことです。

 

教会における信者への指導や子どもへのしつけは、愛に基づき、二面性がなく、論理的で明確で、本人の成長を自発的に促すものであるべきです。

何より、常に、正しい聖書理解に基づくものでなければなりません。

聖書から正しく神の意図を読み取り、実際の生活に適用していく力を、一人一人が身につけていけるように、教え導くことが、指導者の最大の使命です。

4. 聖霊の導きに信頼して

教会時代の最大の恵みは、信じた者の内に聖霊が住まわれることです。信者の誰もが、神に直接導かれるのです。

強制したり、脅したり、ましてや虐待など、考えられません。そんなことをする指導者は、生きて働かれる聖霊の力を知らないのでしょうか?

 

他者を導くために必要なのは、まず、福音を伝えること。その人が信じて初めて、聖霊の導きを受けられます。そして、共に聖書を学んでいきましょう。

神は、どんな人でも変えることができる方だと信頼しましょう。

人を導くために、かけるべき言葉は、一つだけです。「イエスさまは、あなたに何といわれてますか?」と。

愛の主が、私自身を忍耐して導いてくださっています。忍耐をもって他者を導いていきましょう。

【児童虐待について】
■厚生労働省・児童虐待の定義
■児童相談所全国共通ダイヤルについて

【児童虐待には通告義務があります】

児童虐待の防止等に関する法律(平成十二年法律第八十二号)

(児童虐待に係る通告)
第六条 児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない

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