十勝の鹿追町 聖書と人生のいろいろ

ネット伝道が祝福される理由を考える …礼拝のライブ配信、メッセージの動画配信、etc

2022/01/28
 
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2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 

1. ネット伝道の恵み

コロナ禍の困難な状況にあって、なお大きな祝福を受けている教会や宣教団体があります。

共通しているのは、今できることを模索し、福音を発信し続けていること。

ハーベストタイムミニストリーズはもとより、聖書フォーラムの中でも、メッセージの動画配信や礼拝のライブ配信を行っているところがいくつもありますが、それぞれ視聴者も増え、働きが広がっているようです。

新会堂を建設したところもあれば、新しい宣教活動が大きな広がりを見せているところもあります。

様々な祝福を得られているのは、なぜなのでしょうか?

 

2.  福音宣教の本質とネット伝道

祝福を得ている大きな理由は、ネット配信が、福音宣教の本質に合致したものだからだと思います。

伝道と聞いて、個人宅を訪問するような個人伝道を思い起こす人が多いと思います。

エホバの証人の伝道のイメージが強すぎるように感じますが、ピンポ~ンと、一軒一軒まわって歩くようなことはしなくとも、クリスチャンが、個人的に出会った人々に福音を伝える個人伝道は、確かに大切な伝道です。

では、ペテロやパウロは、一軒一軒、家々を訪問して伝道していたのでしょうか?

 

教会の初期の時代、使徒たちの宣教のおもな舞台となったのは、ユダヤの会堂(シナゴーグ)や都市(ポリス)の広場(アゴラ)でした。

いずれも公的な空間であり、集う人が活発に議論を交わすことのできる場でした。

使徒行伝には、パウロが機会を捉えて、個人伝道をする場面もありますが、圧倒的に多いのは公的な場での伝道です。

福音宣教の本質は、公の場での、人々に対する宣言であると言えます。

 

イスラエルの預言者たちもそうでした。

民や王に、個人的に預言する場合もありますが、預言の基本は、人々に対する公の宣告です。

最後の預言者と呼ばれる洗礼者ヨハネは、荒野で、間近に迫ったメシア到来を告げ、民に悔い改めを迫っていました。

 

戦国時代、日本で最初に伝道がなされた時には、最大で人口の一割がクリスチャンになったとも言われています。

辻説法と言われるように、各々の村には、人々が集う場があり、宣教師たちもそこで伝道しました。

人々は、僧侶たちの説法と聞き比べて、キリスト教を信じるに至ったのです。

戦後の日本でも、路傍伝道で福音を聞いて信じた人々がいました。

 

3.  回復された公的広場

では、現在の日本に、福音を告げることのできる公の空間があるでしょうか?

人々が自由に集い、活発に意見を交わすことができる、オープンで公的な場所など、そもそもありません。

法律の規制もあり、かつてのような路傍伝道すら難しい現状があります。

 

各地域教会の会堂は、本来、誰でも集える公的な場所であり、礼拝のメッセージは公的な宣言であると思います。

現実にはどうかというと、特定の会員が集う閉鎖的な場所にとどまっているのではないでしょうか。

 

しかし、ネットは、かつての村々の辻や町の広場のような開かれた空間をもたらしました。

敷居が高いと言われがちな教会堂ですが、ネットなら気軽に覗くことができます。

ライブ配信をしていれば、礼拝に参加することも簡単です。

ネットによって、教会は再び、誰もが集える開かれた公的な空間での伝道が可能になったのです。これを利用しない手はありません。

 

4.  使徒たちが活用したインフラ

教会の黎明期、当時としては極めて短期間で福音が広がった背景には、整えられたインフラがありました。

ローマ帝国によって張り巡らされ、整備の行き届いた道路網。強い支配力によって比較的安定した治安、ギリシャ語という共通語の存在…。

各地の都市には、離散したユダヤ人の共同体があり、会堂が築かれ、神を恐れる異邦人も集っていました。

神はまさに、最高のタイミングで福音宣教を開始させられたのです。

 

これらのインフラを最大限に活用したのが、使徒パウロでした。

彼は、個人的にも、生来持っていたローマ市民権を有効に宣教に用いています。

もし、今の時代にパウロが伝道したら、まっさきにYOUTUBERになっていたことでしょう。

 

5.  変わらぬ使命に立ち続けよう

コロナ禍で、直接会うことが制限される中、個人的にこれしかないと強く促されたのが、ライブ配信でした。

ライブ配信は元々、厳冬期の北海道で、吹雪の日にも礼拝に参加できるようにと始めたものでした。

弱っている人が、布団の中からでも参加できるように。また、敷居が高いと感じている地元の人が気軽に覗けるように。そんなことも意識していました。

先見の明がありましたねなどと言われることがありますが、その度になんとも気恥ずかしいような思いがします。

コロナ禍のこんな状況など予想だにしませんでしたし、決して早いほうだとも思えないからです。

とにもかくにも、ライブ配信を始める際に考えていたのは、一人でも多くの人に福音を伝え、聖書を学べる機会を提供すること。それだけでした。

 

開始から5年で、youtubeチャンネルの登録者が、ようやく千件を越えました。

コロナ禍で、増加の速度は増しましたが、激増というほどでもなく、いたって地道な歩みです。

しかし、毎回の礼拝に固定して出席される方が一定数おられ、ネット上に確かに一つの地域教会が育まれつつあります。

 

よく知られた主イエスの大宣教命令(マタイ28章他)にもあるように、教会時代の信者の第一の使命は、福音を告げ広めることです。

ネット配信の恵みは、本質的に使徒の時代となんら変わらないものです。伝えるべきメッセージも同じです。

使徒たちが、当時のインフラを最大限活用して福音を告げ、聖書を解き明かして行ったように。

私たちも、与えられた環境の中でベストを尽くすことが求められています。

 

人と人との関係性は、アナログです。どんなにデジタル技術を活用しても、その本質は変わりません。

鹿追教会で言えば、ネット上の活動を通して多くの支えを与えられながら、地域に根ざし、一人一人と出会い、関係性を築き、福音を告げていくこと。

いかに顔と顔を合わせた関係性を築いていくか。これからの課題です。

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