Q:いろんな道があるのでは?

   

Q:道は違っても、目指すところは一緒ですよね? 同じ山を登っているなら、これだけが正しい、なんて言う必要ないと思います!!

①登山のルートは、いくつもありません!

実際に登山をしたら分かりますが、山頂に至るルートは、そんなにありませんよね?

一つか、二つ。三つあれば多い方。ルートを外れたら、遭難です。

未踏峰なんて場合には、一つのルートすら見いだせていないわけです。困難であるほど、道は狭まります。

山頂に至る道は限られています。それが現実です。いろんな道がある、というのは、机上の空論に過ぎません。

②慰めは多様にあっても、救いは一つ!!

何に慰めを見いだすかは、人それぞれ違いますが、救いとなると別です。

救いとは、生きるか死ぬかのレスキュー。

高層ビル火災で屋上に取り残されたとなったら、ヘリで吊り上げてもらう他ありません。

ましてや、永遠の救いか、滅びかがかかった場面では、どうでしょうか?

聖書は、救いの道は、キリストをおいて他にはない、と明確に記しています。膨大な根拠となる情報も添えて。

③レスキューの結果は二つに一つ!!!

災害から救助されたという時に、結果は、助かったか、助からなかったか、二つに一つです。

この人は半分しか助かりませんでした、なんてことはありません。

聖書の救いも同様です。最終的な結果は、永遠の救いか、滅びか、二つに一つ。中間はありません。

一つの判断が生死を分ける人命救助の現場で、どっちでもいいじゃないか、なんて言ったら、無責任の極みです。

いろいろな道がある、と言われる方は、なぜそう言えるのか。そのことを明確に論証する必要があるのではないでしょうか?

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