動画&まとめ 身に刻んだ契約のしるし 創世記17~18章  アブラハム④ 割礼 イサク誕生の予告

   

【メッセージアウトライン:PDF】 12_アブラハム④_割礼_イサク誕生予告_191027

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1. 契約と割礼

主が、99歳のアブラムに与えた新しい名・アブラハム(諸国民の父)。

この名は、アブラハムから多くの民族が誕生することを意味しています。

同じく妻サライには、サラ(王女)という名が与えられました。

 

子孫と土地の約束が確認され、さらに、包皮の一部を切り取る割礼を、契約のしるしとして、主は命じました。

身に刻んだ血の契約のしるしは、メシア誕生を覚えさせたことでしょう。

ひそかに笑ったアブアハムに神は、生まれる子にイサク(笑い)と名付けるよう命じられました。

イシュマエルの子孫の繁栄も約束され、アブラハムは、家の者全員と共に、割礼を受けたのでした。

2. イサク誕生の予告

ユダヤの伝承では割礼から三日後、三人の旅人がアブラハムを訪れます。

遊牧の民として旅人に最上のもてなしをしたアブラハムは、神の御使いをもてなしたのでした。

その一人は、「主の御使い」と呼ばれる受肉前のメシアでした。

主の御使いは、約束の子の誕生を告げます。笑ったサラは、それを見透かされ、恐れを感じました。

全知全能であり、不可能などない、子なる神の権威に触れられたのです。

3. 私たちにとっての契約のしるしとは?

割礼は、アブラハム契約のしるし。イスラエルへの神の約束を、その身に刻み、常に確認するためのものです。

その約束とは、土地の約束、子孫の約束、そして祝福の約束です。

これは、自分たちの子孫から誕生するメシアを覚えるためのものです。

割礼は、イスラエルに対して今も生きている神の命令です。

ほとんどのユダヤ人は割礼を受けます。メシアニック・ジューも例外ではありません。

 

割礼は、救いの条件ではありません。

モーセは、息子に割礼を施していなかったため神に殺されかけました。

しかし、割礼を行わずに、たとえ神に命をとられたとしても、神の約束を信じた者から、救いが取り去られることはありません。

 

今の教会における契約のしるしが、洗礼(バプテスマ)だと言えます。

洗礼は、主の命令に従って行う、信じて救われたしるしです。

イエス・キリストの福音との一体化を現す洗礼は、救いの条件ではありません。

クリスチャンも、罪を犯して悔い改めがなければ、最悪、死を招くこともあります。それでも、一度与えられた救いが失われることはないのです。

 

福音を信じた人すべてに、聖霊の証印が押されています。

神の所有とされ、神の国に入ること、永遠の命が約束されています。誰も、どんなできごとも、この恵みを奪うことはできません。

信じた者の内に住まわれる聖霊ご自身が、その人を導きます。

地域教会のリーダーは、信者一人一人が、聖霊によって直接神とつながり、喜び溢れていくために、側面からサポートするのです。

常に求められるのは、信じて救われた、その土台である信仰に、主イエス・キリストの福音に、立ち続けて行くこと、それだけなのです。

 - 聖徒たちと歩む聖書 ,