十勝の鹿追町 聖書と人生のいろいろ

Q:この教会だけが、正しい教会? 教団、教派、集会、フォーラム、呼び名はいろいろありますが…。

 
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2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 

Q:指導者が、ここだけが正しい本当の教会だと言います。他の教会の方との交わりや一緒の学びも、ダメだと言って制限されて、すごく窮屈で…。

1.ここだけが正しいと言う人々

ある教会では、他の教会員との交わりが厳しく制限されていて、結婚の相手も、ここの教会員でなければならないと言われていたそうです。

しかし、教会内には相手もなく、どうしたらいいのか、困っているという話でした。

この教団、この教団、この集会…。自分たちだけが正しいと主張するグループは、少なくないようです。

 

しかし、“自分たちは、唯一正しい神の組織である”というのは、カルトやカルト的教会の常套句でもあります。

そもそも、“自分たちだけが正しい、本物の教会だ”という主張すること自体、どうなのでしょうか?

その主張は、果たして聖書的に本当に正しいのでしょうか?

 

2.聖書フォーラムは、唯一正しい?

私たち鹿追キリスト教会は、聖書フォーラムというグループに連なっています。

聖書をヘブル的視点から、本来の文脈に従って読み解くことを何より大切にしています。

正しい聖書解釈に基づく学びがあり、解き明かしがあり、一人一人の自立を促し、共生していく。

神学的にも組織的にも、正しい教会観に立ったグループであると、私は信頼しています。

だからこそ、驚くような勢いで、各地に新たなフォーラムやバイブルスタディのグループが生まれているのだと思います。それは、一つのしるしです。

 

しかし、聖書フォーラムが、すべてにおいて正しいなどとは、思いません。

個々の現場では常に、様々な課題がありますし、葛藤も絶えることはありません。試行錯誤の日々です。

 

世界的な流れで見れば、大教会中心の時代から、家の教会のような小さなグループによる教会形成の時代に移りつつあります。

インターネットで、優れたメッセージをいくらでも聞き、学びを深めることができるからです。

自発的な学びを通して、所属教会のカルト性に気づく人々もいます。

聖書を礎に、神と個人的な関係を築きつつ、小さな共同体を育み始めている。使徒の時代を思わせるような、地道ながら生き生きとした群れが、そこかしこに誕生しています。

それでも、個々の群れには、やはり問題はつきないのです。

 

3.神の国について知っておこう

① 地上における神の国 ~イスラエル、教会~

地上における神の国は、まずイスラエルを通して現れました。

神は、アブラハムを選び、その子孫であるイスラエル民族によって、地上に神の国を建てられたのです。

しかし、イスラエルにおいて、真の信仰者はいつの時代も少数でした。神への背きを重ねた末、王国は滅びました。

イスラエルへの神の約束は、決して破られることのない永遠のものです。

イスラエルが真実の神の国として建てられる時は、必ずやってきます。それが、メシアが王として来られる再臨の時なのです。

 

今の時代における神の国が、福音を信じたユダヤ人と異邦人からなる「教会」です。

「教会」は、ギリシャ語の「エクレシア」の訳です。「呼び出された人々」を意味する言葉です。

「教会」とは、神によって呼び出された人々の集いなのです。

 

② 普遍的教会と地域教会

本当の意味での教会は、いつの時代もただ一つ。キリストを頭とする一つの体です。これを「普遍的教会」と言います。

使徒信条で、「公同の教会」と唱えられているのは、まさに、この「普遍的教会」のことです。

また、カトリックとは、普遍、公同という意味のギリシャ語からとった言葉です。

 

この「普遍的教会」は、真の信者だけの、真実の教会です。

福音を信じて、ただ恵みによって救われたすべての人は、紛れもなく、この「普遍的教会」の一部とされています。

しかし、普遍的教会は、目には見えません。

カトリックのように、普遍的教会を名乗っている教団・教派もありますが、地上にある人間の組織は、どうあっても普遍的教会とイコールではありません。

 

私たちの目に見える形で地上に存在する教会は、大きな教団教派も、個々の教会や集会も、すべて「地域教会」です。

「地域教会」には、真の信者と偽りの信者が混ざり合っています。そこには、常に偽の教えが入り込み、悪魔が巣くおうとするのです。(マルコ4章他)

この戦いは、真実の教会が天に挙げられる時まで、止むことはありません。

 

4.平安というしるし

聖書的に考えるなら、目に見える地上の教会組織が、唯一絶対に正しいなんてことはあり得ません。

どんなに伝統ある大きな教団であっても、成長著しい大教会であっても、小さな群れであっても同じです。

もし、あなたが完全に理想的な教会を地上で探しているなら、大変な見当違いです。この時代には決して見つけられません。

 

しかし、普遍的教会は、ペンテコステ以降ずっと、存在し続けています。

私たちが福音に堅く立ち、神の意図に従って聖書を学ぶとき、“確かに私は、普遍的教会に連なっている”という、平安を与えられるのです。

世の終わりまで、主イエスが共におられると言われた、その約束を実感することができます。

 

5.聖書に基づく教会観の上に!!

この時代における地上の教会は、常に、発展途上であり、成長の過程にあるのだと理解しましょう。

私たち自身に、個人的課題が尽きることがないのと同じです。

 

教会が完成するのは、携挙の時です。真の信者は、キリストの花嫁として、主イエスのもとに挙げられます。

私たちは、その日を待ち望みつつ、普遍的教会であるキリストの体の一部として、働き続けていくのです。

福音を伝え、聖書を解き明かし、学びあい、恵みを分かち合っていく。二千年来続けられてきたそのことを、私たち一人一人もまた、世の終わりまで続けていくだけです。

 

教会が携挙された後、世界は、7年間の大患難時代に突入します。

そして、空前絶後の大災厄の終わりに、イスラエルが民族的悔い改めに導かれ、メシアを求めたその時、主イエスは、王の王として再臨されます。

エデンの園のように回復された世界ではじめて、教会は、イスラエルと共に、地上における唯一絶対の正しい神の組織とされるのです。

 

今の時代に、唯一正しい教会など、存在しません。そんなことを主張すること自体が、大きな間違いです。

私たちの属する地域教会は、常に様々な問題を抱えています。葛藤は絶えることはありません。

しかし、教会が、完全な理想の組織として地上に建てられる時は、必ずやってきます。

この終末的希望をしっかりと胸に抱いて、今を歩んでいきましょう。

将来については、楽観的。現在においては、あくまで現実的。未来に希望を抱き、今を見据えていく。それが、クリスチャンのあるべき姿だと思います。

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