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聖徒伝49 モーセ23 ③申命記9~11章 資格なき選ばれし者 祝福と呪いの諸規定

2020/09/14
 
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2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 


【メッセージアウトラインPDF・資料はこちら➡】49_モーセ23_申命記③_200830

1. イスラエルの背信 金の子牛事件  9章

「今日、知りなさい」 神ご自身が戦われる。それが約束の地の原則です。イスラエルに正しさはありません。

カナンの悪と、アブラハムへの約束のゆえに、神の裁きは下されます。

モーセが回顧するのは、イスラエルの背信です。律法を授与されたあの時すら、民は金の子牛を拝んだのでした。

うなじの固い民とアロンの罪は、モーセのとりなしを通して赦されました。

モーセが無私の心で誠実に祈り訴えたのは、神がイスラエルを所有し、アブラハムに約束され、御力をもって、エジプトから贖いだされたことでした。

 

2. 神の憐れみ 律法の再授与 10章

再びシナイ山に上ったモーセに、主は、十戒の石板を収める箱を作り、持ってこさせました。

後に装飾を施したものが、「契約の箱」なのでしょう。

モーセが切り出し、神が刻んだ十戒の石板は、40年を経てなお、神の栄光と共に、民の中心に置かれていました。

約束の地の占領を告げられた神は、イスラエルに全的献身を求めます。罪赦されたイスラエルは、神のものです。

 

また主は、「心の包皮に割礼を施しなさい」と命じられました。

アブラハム契約のしるしである割礼は、すべてのイスラエルに義務づけられています。

割礼は、何より、神の民とされたしるしです。イスラエルに求められるのは、主への心からの献身の思いです。

公正な裁きを下す義なる神は、弱者を憐れむ愛の神です。エジプトで奴隷だった、寄留者イスラエルを主が愛されました。

それゆえ、寄留者を愛しなさいと、主は命じられるのです。クリスチャンも、世にあっては寄留者です。

 

3. 約束の地で 刻むべき神の言葉 11章

「今日、心得なさい」と強調されるのは、出エジプト、律法授与を知る世代の責任です。

恵みを得た者には、それを次代に継承していく責務があります。

神が再三命じるのは、律法の遵守が約束の地の平安の鍵だということです。

民が自ら耕作していたエジプトと違い、約束の地は、天からの雨で潤う、神の土地です。

秋の種まき時期には、「初めの雨」が、収穫前の実りの時期には、「後の雨」が降ります。

主に従う者は、存分に土地の恵みを味わわされます。

一方、カナンの偶像礼拝に陥れば、主は天を閉ざし、報いをもたらします。

 

シェケムの町の南のゲリジム山には祝福が、北のエバル山には呪いが置かれました。

アブラハムが最初の祭壇を築き、レビとシメオンが大虐殺を行ったシェケム。この町の両面を思います。

約束の地が祝福となるか、呪いとなるか。すべてイスラエルの民次第です。

 

4. 正しさは、ただ神のもの

イスラエルの荒野の40年を導いたのは、主イエスご自身でした。(Ⅰコリ10章)

イスラエルの失敗を、私たち自身への戒め、教訓として身に刻みましょう。

どんな奇跡も、罪深い私たちの信仰を強めてはくれません。憐れみの主にすがり、聖霊に委ねていきましょう。

この身を通して、主が力を現してくださるように、祈り求めて行きましょう。

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