十勝の鹿追町 聖書と人生のいろいろ

聖徒伝74 士師⑧ 士師記15~16章 サムソンの最期 神の憐れみをあなどるな

 
この記事を書いている人 - WRITER -
2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 


【メッセージアウトラインPDF・資料はこちら➡】74_士師記⑧_15~16章_サムソン_210307

1.サムソンの戦い 15章

一方的な結婚の破談で妻を他の男のものとされたサムソンは、火をつけたジャッカルを放ち、ペリシテ人の畑に大打撃を与えました。

天然の要塞である岩場に住んだサムソン。彼は、士師として侵略者のペリシテ人と戦っていたのだと思われます。

 

サムソンに適わないペリシテ人は、ある時、ユダの町を侵略しました。

ユダの人々は、あろうことか、サムソンを、われわれの支配者ペリシテに逆らったと言って問い詰めました。

サムソンは、同胞との戦いを避け、敵への引き渡しに同意したのでした。

 

この時、サムソンは、ロバのあご骨で、千人のペリシテ人を打ち殺しました。

誓願を立てたナジル人であるサムソンが、なぜ、死体に触れる禁を破って、そんなものを武器に選んだのか。信仰のちぐはぐさを感じます。

戦いの後、ひどい乾きを覚え、初めて主を呼び求めたサムソンに、神は、泉を湧き出させ、憐れみをかけました。

 

2.サムソンの最期 16章

あるとき、サムソンはペリシテのガザで遊女を買いました。

暗殺の陰謀を察したサムソンは、町の門をまるごと引き抜き、担ぎ上げて出て行きました。

多くの恵みを神から受けながら、己の思いのままに生き続けている、信仰の幼子のままの姿がそこにはあります。

 

サムソンは、最初の過ちを犯したティムナのあるソレクの谷で、デリラというペリシテの女に惚れ込みました。

同じ過ちを繰り返す、懲りないサムソン。

ペリシテの領主たちは、デリラに、サムソンの弱点を教えれば、大金を与えると持ちかけます。デリラは、弱点を聞き出そうと躍起になります。

不可解なのは、見え透いたデリラの魂胆にも関わらず、ヒントを与えていくサムソンです。

 

デリラは次第に核心に迫り、ついに伸ばした髪こそサムソンの力の源だと聞き出します。

髪に力があったのではありません。重要なのは、ナジル人の誓いを破ることで、サムソンが、その心をデリラに明け渡してしまったということです。

サムソンは捉えられ、両目をえぐられ、臼を引かされました。かつて誇った怪力は、見る影もありませんでした。

 

ペリシテ人の盛大な祭りに、見世物として引き出されたサムソンは、主を呼び求め、最後の願いをします。

神殿を支える二本の柱を押し倒し、かつてない数のペリシテ人を巻き添えにして、サムソンは息絶えたのでした。

 

3.ただ主を信頼する者になろう

死後、ようやく故郷の相続地に戻ったサムソン。しかし、律法に背き続けた彼が、信仰者と呼ばれています。(ヘブル11:32)

サムソンは虜囚の身で悔い改め、人生の最後に確かに主に立ち返ったのでしょう。

 

実践を伴わなければ、信仰の成長はありません。霊的幼子ほど、形に捕らわれて信仰の本質を見失ってしまいがちです。

サムソンの力の源は、髪ではなく、神にこそありました。

伸ばした髪に力があると思い込んでいたサムソンは、深刻な霊的後退に陥っていました。

 

ヘブル書が列挙する信仰者の理由の一つが、心にとまりました。

「弱い者なのに強くされた(ヘブル11:34)」 それがサムソンであったのだと思います。

罪を侮らず、自分の弱さを自覚しましょう。弱さを思い知らされた者こそ、主の計り知れない恵みを味わい知ることができるからです。

この記事を書いている人 - WRITER -
2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

Copyright© 十勝聖書フォーラム鹿追キリスト教会 , 2021 All Rights Reserved.