十勝の鹿追町 聖書と人生のいろいろ

陰謀論と宇宙人を聖書から検証する

2021/10/19
 
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2016年9月に、十勝鹿追町オープンした小さな教会です。,Voluntarily(自発的に),Open(開放的に),Logically(論理的に),聖書を学んでいます。史上類をみない大ベストセラー、聖書について、一緒に学んでみませんか? 

1.  陰謀論にはまったクリスチャン

“世界を支配する闇の勢力があり、子どもを誘拐し、人口削減のため殺人ワクチンを広げている。

背後では、悪い宇宙人と良い宇宙人が戦っており、まもなくすべては明らかになり、宇宙人のテクノロジーによって地球上のすべての問題は解決される”

いわゆる陰謀論の集大成のようなことを真顔で信じるクリスチャンの存在を知って、心底驚きました。

 

カルトがマインドコントロールの手法として用いる典型的手段が、情報の遮断です。

教祖や組織が発信する以外の情報は、悪魔から来ているなどと言って、囲い込むわけです。

一見解放的に見えるネット社会ですが、膨大な中からなんでも選べるからこそ、自分の気に入る情報しか見ない、聞かないという状況に陥りがちです。

一人で勝手に、カルト信者のような状況に陥ってしまう。かつてないことがこの社会のあちこちで起こっています。

 

陰謀論に陥ったそのクリスチャンが強く訴えていたのは、聖書には宇宙人のことは書いていない。

書いていないことを信じたからと言って批判できるのかということでした。

書いてないことは分からない。それは確かにそうです。

しかし、書いてないことは、どう信じてもいいんだ、とはなりません。

 

私たちが生活していく上では、聖書に直接書かれていないことをどう適用していくかという課題があります。

クリスチャンがあらゆることを正しく判断できる基準は、聖書の中にしっかりと与えられています。

常に唯一の神を第一とすること。シンプルな救いの原則に立ち、神の約束と計画に基づくこと。基準は明確です。

乳飲み子の状態を脱して、固い食物を食べられるようにと、聖書は信者の成長を促しています。(ヘブル5:12)

基礎的な教えを礎として、現実の状況に、的確に適用できるようになっていくことが、クリスチャン一人一人に求められています。

宇宙人についてはどう考えるべきでしょうか? 聖書から検証します。

 

2.  宇宙人は本当に聖書にはない?

まず、宇宙人の存在は聖書に本当に書かれていないのか、という問題から検証してみましょう。

たとえば、聖書には、恐竜のことや地球が丸いことは書いてないじゃないか、などと言われた時代もありました。

しかし、丹念に読むと、恐竜を思わせる特異な動物のこと(ヨブ記40~41章)や、回転印を粘土に押し付ける描写から、地球が丸いことを示唆するような箇所があります(ヨブ記38:14)。

 

聖書で「星」という言葉が象徴的に用いられる時には、天使を指します(ヨブ38:7他)。よい天使を指す場合もあれば、悪い天使を指している場合もあります。

地に落ちた星となると堕天使である悪魔や悪霊のことです(黙12:4他)

 

聖書によれば、天は三つの階層になっています。

第一の天が地球の空。第二の天が星々のある宇宙。第三の天が、神の世界です。

悪魔、悪霊は、第三の天から落とされ、第二の天・宇宙と第一の天・地上に存在していると考えられます。ですから悪魔を“空中の支配者”と呼ぶのです(エペソ2:2)

聖書的に言えば、星々に住む知的存在とは、悪魔、悪霊のことと言えます。

 

3.  きわめて悪魔的な宇宙人の実像

このように聖書からは、宇宙人は悪魔、悪霊の存在と重なります。実際に、人々の間で語られる宇宙人の存在は、悪魔、悪霊の実像と酷似しています。

上述の陰謀論で、宇宙人には善悪両者がいるとされますが、より強調されるのは善の宇宙人です。

善の宇宙人は、新たなヒーリングの手法を与え、人類に覚醒をもたらし、宇宙のテクノロジーによって地球上の諸問題を解決すると言うのです。

 

スピリチュアルの世界では、宇宙や高次元からもたらされたという意識や、光の存在が強調され、その出所は宇宙人であったり、天使であったりします。

聖書において、悪魔は光の天使をも装い、人々を誘惑すると警告されています(Ⅱコリ11:14)。

悪魔が人となって現れる、いわば悪魔の化身が、大患難時代に出現する反キリストです。

反キリストは、人々を惑わし、奇跡まで行い、王として世界に君臨すると聖書は記します(黙13:1)。

 

宇宙人が出現し世界を救うというのは、まるで、救い主イエスになり変わる反キリストのようです。

宇宙人という言葉は、もちろん聖書にありませんが、まことしやかに語られる宇宙人の実像はまさに、悪魔、悪霊そのものです。

 

4.  聖書に宇宙人の存在する余地などない

聖書の終末預言の中心は、王の王、主の主、裁き主として世界に再臨される栄光の主イエス・キリストです。

聖書に記された数々の預言には、世の終わりの混沌と、人々の不信仰、神の厳しい裁きが記されています。

再臨の主イエスが、悪を裁き、世界を神の王国として回復し、主を信じたすべての者を招き入れる。

その終わりの時まで、この時代は混迷を深め、教会内に偽りの教えが蔓延し、人々は愚にもつかない作り話に流される(Ⅰテモ4:7)と聖書は警告しています。

 

聖書が再三記すのは、罪ある人は、自分たちの努力によって地上に理想世界を作り上げることは決してできない、ということです。

世界の回復は、神の直接的な介入によってのみ、なされます。

天使も含めて、神が造った被造物に、世界をよくする力などないのです。

聖書が記す人間の罪の歴史の現実を見すえるなら、宇宙人が介在する余地など、まったくないことが分かります。

 

5.  キリストをおいて救いはない

神が最初に造られた知的存在であった天使は、大天使サタンを筆頭に1/3が神に反逆し(黙12:4)、最初の被造世界は混沌と化しました(創1:2,エゼ28:11~19)。

悪魔、悪霊の罪はすでに固定されており、彼らを待つのは、裁きと滅びだけです。

 

六日間で創造された地上世界の支配を委ねられた人間もまた罪を犯しました。

罪を犯し、神と断絶し、滅びゆくばかりの人間。この人の罪を贖うことができる方は、人となられた神、キリストをおいて他にいません。

 

宇宙人も天使も、人の罪を贖い、滅びから救うことはできません。絶対に不可能です。

神の似姿として造られたのは人間だけであり、この人の罪を贖うために、三位一体の子なる神は、人となって十字架にかけられたのです。

ここに宇宙人の入り込む隙間などまったくありません。

 

救いはただ主イエス・キリストにのみあります。

私の罪のために十字架にかけられ、死んで葬られ、復活された主イエスだけが、救いに至る唯一の道、真理、命なのです。

 

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