Q:やめられないのは救われていないから? 習慣的な罪を絶つには?

   

Q:福音を信じてクリスチャンになったのですが、あいかわらず、やめられないでいることがあります…。わたしは救われてないんでしょうか?

1.信じて、委ねていますか?

救われるには、福音を信じるかない。信じた後、変わっていきたいなら、やはり、福音を信じるしかありません。

福音を信じたすべての人の内に、神の霊、聖霊が住まわれています。わたしにはできませんから、助けてください、と聖霊に委ねることが、必要です。

神を信じた者が、神を信頼して成長していく過程を「聖化」といいます。聖化の課程を、主に信頼して歩んでいますか?

2.変化をもたらす原則があります!!

アルコール依存症の回復のために、キリスト教会から始まった、12ステップという回復プログラムがあります。

その最初のステップは、依存症に対する自分の無力さを認めることです。

そして、次のステップは、「ハイヤーパワー(大いなる存在)」を信頼すること。様々な宗教、信条の人に受け入れやすいよう言い換えられていますが、本来は、唯一の神、創造主のことです。

12ステップは、信者の信仰による成長の課程そのものを下地にしています。

私には、自分を変えられないと認め、神の存在を認め委ね、委ね続けていくこと。それがクリスチャンの歩みです。

3.信者の成長は、生涯未完成です!!!

薬物依存症から、完全に立ち直った、とか、福音を信じて、罪のある側面は克服された、という人はいます。

しかし、多くの人は、なおも厳しい闘いが続くでしょう。

一つ解決すれば、また別の罪が顔を出すというのが、私たちの現実です。

信仰の成長は、行きつ戻りつしながら、少しずつ進んでいくものです。

聖書に記された信仰者たちも、私たちと同様の歩みを重ねています。

新約聖書で、最も多くの書簡を残した使徒パウロ。しかし、彼自身が、「わたしは望まない罪を行ってしまう」と、罪を抱えた自分の姿を赤裸々に告白し、同時に、こうも宣言しています。

「わたしは弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。(Ⅱコリ12:10)」

聖化は、生涯未完成ですが、信じる者には、苦闘のただ中でも平安が与えられます。神の国で復活の体を与えられたとき、聖化は完成すると約束されているからです。

「今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。(ロマ 8:18) 」

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